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<36話
こちらの世界の自分が、最低な男であることには驚いた。けれど、彼が自分と同じように、早見に惹かれたことについては、密かに感動すら覚えた。
まるで運命みたいだ。
最も嫌いな言葉を思い浮かべてしまって、日高は自嘲に唇を歪める。その表情を見た早見は、「すまなかった。自分と同じなりをした人間のことを悪く言われたくはないよな」と、謝罪してくる。
「いえ……その人は俺であって、俺じゃないので」
だとすれば、早見は行き倒れた日高を発見したとき、驚いたのではないだろうか。撮影現場を見学にやってきた早見に言い寄り、連絡先をなんとか入手しようとしていた男が、山奥の自宅近くの湖に、倒れていたのだ。
そのあたりを尋ねてみると、早見は「ところが」と、話を続けた。
「ところが、俺は君を拾うまで、浦園日高という男のことをまるで覚えていなかったんだ」
あれだけ迫られ、辟易していた相手のことが、記憶からまるっと抜け落ちていた。
どういうことなのか。
首を捻り、問いながらも、日高はなぜか、「これ以上聞きたくない」と思った。
聞けば後悔する。聞かずとも後悔する。どちらの道を選ぶのかを、早見は口を閉ざし、日高に託した。
真っ直ぐな視線を、黙って見つめ返す。聞きたくなくとも、聞かなければならない。これは自分の身に起きたこと。知らなかったでは、済まされない。
「続けてください」
勇気を振り絞った答えに、早見はゆっくりと顔を上げた。痛ましいほどの目を向けられて、日高はぎゅっと、膝の上に置いた拳を握りしめた。
「俺は君を見つけてから、浦園日高のことを調べようとした」
インターネットで、あるいは書店で。ファンの女性も多く、彼自身、SNSを頻繁に更新していた。雑誌の取材で取り上げられる機会も多かった。
「けれど、ひとつも見つからなかった」
まるで、浦園日高という役者など、最初からいなかったかのように、跡形もなく。
「映画に不備が見つかったのも、君がこちらに来てからだ」
嫌な予感がする。痛む胸をこっそりと押さえた。カフェオレに手をつける、心の余裕などない。ぐるぐると視界が回り、これまでの早見とメレンゲとの幸せな生活が、音を立てて崩れ落ちていく。
「俺の映画だけじゃない。これまで何の問題もなく放送していたドラマにも、誰だかわからない、顔のない役者が混ざっていたらしい」
黙って聞いていた日高は、ハッとした。
「もしかして、心霊写真……?」
早見は重々しく頷く。早見が途中で消してしまった特番。何枚も同じ男と撮ったと思われるインスタントカメラの心霊写真は、浦園日高だったに違いない。
ファン向けのイベントだったから、背景もシチュエーションも同一の写真が複数枚、心霊写真へと変貌してしまったのだ。
>38話
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