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<37話
「俺はあの写真を見て、ひとつの仮説を立てた」
ひとつの世界に、同一人物はひとりしかいられない。
並行世界へ移ってくるには、莫大なエネルギーが必要だ。その熱量の分、転移してきた人間が勝つ。
「この世界の浦園日高は、君がこちら側にやってきたことで……」
「消えてしまった……?」
ショックのあまり、日高は言葉を失った。
早見が、「俺は君の顔を見た瞬間に、その存在を思い出した。街を歩けば、多くの人がパニックになると思い、君には不自由させた。すまない」と、これまでの軟禁生活の理由を語っているが、耳に入らなかった。
俺が。
この俺が。
「一般人とは桁違いに、彼は様々な記録媒体に姿を残していた。他の俳優に矛盾なく置き換わるのにも、限度があるだろう。処理しきれなかった分が、心霊写真や事故映像になってしまったんだと、俺は考えている」
締めくくった早見の顔を見られない。日高は細かく震える身体を両腕で抱え込んだが、抑えられなかった。
「君が悪いんじゃない。不幸な事故だ」
慰めの言葉に、日高は首を横に振った。
俺が、消した。
殺した、よりもなお悪い。死んでしまったとしても、生きた証は必ず残るからだ。
こちらの日高の出世作となった特撮作品だって、多くの子どもたちに夢を与え、彼らが大人になってからも、「ミラクルレッド、格好良かったよな」という思い出話のネタになったはずだ。
ツーショット写真を撮影したファンの女性たちだって、そうだ。イベントに参加するために、いろいろな準備をしたに違いない。遠い場所から駆けつけた人だっていただろう。
大切な宝物だった写真に、意味を見いだせなくなる。気味の悪い心霊写真になってしまう。
日高が消したのは、浦園日高という役者だけではない。
ファンの人たちの心や、彼をキャスティングした作品すべてを損ない傷つけ、失わせてしまった。
ようやく、早見が一度は読ませようとしたパラレルワールドが題材の小説を、回収したわけがわかった。
彼は日高の心を守ろうとしたのだ。本を読むことによって、日高が自分自身で真実にたどり着いてしまうことを、避けたかったのだ。
だって、こんなの耐えきれない。
日高の罪が、大きく膨れ上がっていく。
「俺が、消してしまった! 全部、俺が!」
「日高!」
大声に反応し、メレンゲが「ウォン!」と一声鳴いた。ひとりと一匹の声を背に、日高は階段を駆け上がり、部屋に閉じこもり、泣いた。
泣いたってこの罪が、許されるわけじゃない。
>39話
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