<<はじめから読む!
<46話
「本当、に……?」
顔を上げた日高に、早見は応えた。友威が同室しているのにも憚らず、キスという形で。
「俺はアルファだそうだ。そしてきっと」
お前が世界を越えてやって来たのは、やっぱり運命だったんだ。
囁き声に、日高の目からは、堪えきれない涙がこぼれ落ちた。
あれほど嫌だった「運命」という言葉を、今はこんなにも幸福な気持ちで聞いていられる。
思えば、助けられたあの瞬間から、自分の対になるアルファの存在に、胸が高鳴っていたのだ。
一目惚れ。そんな言葉じゃ軽すぎる。一瞬で心のすべてが奪われた。
言葉で説明すれば、乱暴になってしまう。けれどあのとき感じていたのは、安堵だ。決まった相手、それもぴったりと孤独を埋め合える相手との出会いを、日高は本能でわかっていた。
「あちらから消えても問題ないように、あれこれ手続きをしていたら、こちらに来るのが遅くなった。すまない」
日高は首を横に振った。
成功した作家人生を棒に振ってまで、早見は日高を追ってきてくれた。おそらく、湖に覚悟を持って入っていったのだろう。
彼はオメガじゃない。紅蓮湖と翡翠湖の夫婦神の慈悲が与えられるかどうかは、日高以上に賭けだった。命の危険を冒してまで、求めてくれた。
「こんな、俺なんかのために……」
縋りつくと、強く抱き締められる。
「俺なんか、なんて言うな。これまでのキャリアすべて投げ捨ててでも、一緒にいる価値のある男だぞ、お前は」
俺に食事の楽しさを教えてくれた。ゲームを通じて、新しい世界を見せてくれた。
早見がひとつひとつ指折り数えるのは、ささいな日常のことばかりだ。
本当に運命の相手ならば、早見もきっと、最初から気づいていたのだろう。目の前に倒れ伏した行き倒れの男は、弟ではなく、生涯の伴侶となるべき人間だということに。
「早見、さん……」
「それに、こちらの世界でも小説を書くつもりだ。最初は苦労もするだろうが、なに。ネタは尽きることないからな」
冗談っぽく笑みを含む声で言う早見を、日高は潤んだ目で見上げる。
再び、今度は深く唇を重ね合わせようとしたところで、「ゴホン!」と、わざとらしい咳払いが、ストップをかけた。
思わず視線を送ると、にやにやした友威の姿。完全に存在を忘れていた。
パッと身を離すが、彼は手を振りながら、
「お邪魔虫は帰りますんでね。愛の告白でもなんでも、続きは勝手にやってちょうだい」
と、部屋を出て行った。
嵐のような男に、顔を見合わせると、もはやキスをするという雰囲気でもなくなって、お互いに声をあげて笑った。
>48話
コメント