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<5話
傷が癒えて、だいぶ落ち着いてくると、荒唐無稽な話だが、パラレルワールドに来てしまったことを受け入れるしかないのだと諦めもついた。
食事だと呼ばれて、リビング兼ダイニングへと向かう。
食事の用意は、冷凍のミールセットを定期購入する他、二週に一度は麓の街から家政婦に来てもらい、作り置きをしてもらっているらしい。そのため、レンジで温めるだけの簡単なものだ。
日高は席に着くと、食事を始める前に、頭を下げた。
元気になったのだから、今後の身の振り方を自分自身で決めなければならない。たとえ選択肢はひとつしかなくても、なあなあで済ませてはいけないことだ。
「その、俺、何にも持ってないですけど……ここにいてもいいですか? なんでもしますから」
オメガが一番、言ってはならないセリフであった。「なんでも」は大抵、性的な玩具になることを指す。日高の最も恐れる事態だったが、ここを追い出されたら、生活してく術はない。
大丈夫。早見はアルファじゃない。彼の前では、日高もオメガではなく、ただの男だ。
同性を一方的にどうこうしようなんて趣味はない。そう信じよう。
不安で押しつぶされそうになり、日高はなかなか顔を上げられなかった。じっとしていた日高の頭上に、静かな溜息が落ちる。
オメガは相手の気持ちの動きに敏感だ。常にアルファの機嫌を伺って生きるよう、本能的にプログラムされているらしい。
呆れたような息の吐き出し方に、一気に不安が募った。
「あのっ」
顔を上げると、早見は苦笑していた。存外に柔らかい微笑みで、日高は呆気にとられる。
第一印象は、アルファらしいアルファだった。自分ひとりで何でもできるという顔で、オメガなんて同じ人間とも思わない。隙なくぴっちりと撫でつけられた前髪と眼鏡が、冷たさを演出していた。
しかし、数日を過ごすうちに、自分の思い込みに過ぎないことがすぐにわかった。
彼は決して、日高の許可なく部屋に押し入ってくることはなかった。看病を口実に、セクハラ行為をしてくることもなかった。
してほしいことは何か。してほしくないことは何か。
逐一、日高に尋ねてくれるような人だ。
冷徹で傲慢な連中とは違う。早見は信用に値する男だと、早くも感じていた。
「もちろん、途中で放り出すことはしないさ。君が元の世界に戻れる方法を、一緒に探す。それまでは、ここで暮らせばいい」
「でも、お金とか」
「気にするな。これでも稼ぎはいい。居候の一人や二人、養える」
仕事に行く気配もないのに、早見という男は、いったい何者なのだろう。
家主を詮索しすぎるのも失礼か。
日高は黙って、礼だけを言った。早見はことさらに恩を売るようなことをせず、「せっかくの食事が冷める。食べなさい」と言った。 彼自身はすでに食事を済ませてしまっているようで、そのまま部屋に帰ってしまった。
なんだか日高は、残念な気持ちになった。
>7話
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