<<はじめから読む!
<8話
コテージには、テレビすらない。
せめて本棚の中に漫画でもあればと探してみたが、一冊もなかった。表紙から「お」と思ってページを開いてみたが、中身は活字だらけで、すぐに閉じてしまった。
用事があれば呼べと言っていたが、「暇すぎてやることがない」というのは、正当な理由になるだろうか。
「欲しいものは言えって言ってたけど、そこまで甘えるわけにはいかないよな」
漏らした言葉は、一人きりの書庫にすら響かない。
結局、暇つぶしになりそうなものはなく、日高はごろりとベッドに寝転んだ。手元には、早見から渡された単行本がある。
一ページ目を捲ってみる。目次が並んでいるだけだが、章タイトルの下の小さな数字を見ただけで、頭がくらくらしてきた。とてもじゃないが、読み終えられる気がしない。
売れっ子小説家ということは、作品は映画やドラマになっているんじゃないだろうか。どちらもあまり積極的に見る方ではない――特に映画は、金を払わなければならないから――が、映像の方がとっつきやすい。
「あちらの俺、か」
元の世界でも、早見岳が名の売れた小説家であったなら、名前を聞く機会くらいはあっただろう。親友の友威は、多趣味だった。映画も見るし、小説も読む。
彼の口から早見の名を聞いた記憶がないということは、きっと向こうの早見は、こちらの早見とは異なるということで……。
日高は勢いよく起き上がった。
「もしかして、こっちの世界にも俺がいる……?」
並行宇宙というものの理解が追いついていない日高だったが、早見の話からそう推測することができた。オメガではない自分が、この世界のどこかにいる。
なんて、うらやましい。
誰からも搾取されることのない浦園日高という男は、少なくとも自分よりは幸福に違いない。
会ってみたいような、会うのが怖いような。
もしも、こちらの自分と出会ったら、どうなるのだろう。
日高はいそいそと単行本を取り上げた。背筋をぴんと伸ばして、再びページを開く。
小さな活字の羅列は、それだけで頭が痛くなるような代物であったが、早見の考える「答え」はここにある。だから彼は、読むように勧めてきたのだ。
日高はゆっくりと、目を通し始めた。
が。
「……ふあぁ」
十ページも進まないうちに、大あくびをしてしまうのだった。
>10話
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