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<11話
家で過ごすときは眼鏡を外す。そうすると、ウサギの耳が目に入ってこなくて、ただ友人と同居しているだけの気持ちになる。危なっかしいな、と笑うウサオだけれど、今日は特に鍋だから眼鏡が曇る心配もないから、より好都合だ。
鍋の具を甲斐甲斐しくよそって「はい」と手渡してくれるウサオに、礼を言うことはなかった。いつもなら「ああ」という返事くらいはするのだが、今日は錦との会話で苛立っていたせいだ。よりによって、彼女。筋肉ムキムキウサ耳男が。
「いただきまーす」
ウサギのくせに猫舌のウサオが、ふぅふぅはふはふしているのが音でわかる。視界ははっきりしないから、ウサギの耳も長い髪の毛のようにしか見えない。
「……旨い?」
うん、と頷いてやるとウサオは嬉しそうに笑ったようだった。楽しげに鼻歌まで聞こえる。部屋を出ることの叶わないウサオの一番の楽しみは、料理を褒められることと室内でできるトレーニングだ。
「おかわりいる?」
黙って空になった器を手渡すと、肉が多めに入れられて帰ってきた。こんなにいらない、と箸で掴むとウサオは自分の器を近くに持ってきた。その中に入れてやる。元々の筋肉量が違うのだ。遠慮なくウサオも食べるべきだろう。
締めの雑炊を作っているときに、くしゅん、とウサオが小さなくしゃみをした。ずるずると鼻を啜っている。そういえば最近寒い。フローリングの上にラグは敷いたけれど毛布一枚では寒いのだろう。
「風邪か?」
「つ、いや、違うし」
あくまでも風邪など引いていないと主張するウサオの考えは、一か月の同居でだいたいわかっている。俊の迷惑にならないように小さくなっているつもりなのだろう。
馬鹿。風邪を引かれて寝込まれる方がよっぽど迷惑だ。
「今日はベッドで寝ろ」
「え、でもじゃあお前どこで寝るの」
俊は躊躇した。だいぶ慣れたとはいえ、本当のところはトラウマの舞台ともなった寝室に二人きり、というのが平気なのか、やってみなくてはわからない。
でも、これはウサオには関係のない、俊自身の過去の問題だ。過去は乗り越えなければならない。コーディネーターの夢のためにも。
「一緒にベッドで寝る」
「え。でもシングル……」
「くっついて寝れば問題ないだろ」
学生寮で飲み会を開いたときは、自分の部屋に帰るのが面倒になって、狭いベッドの上に何人もが重なってネタことだって何度かある。それと同じだ。
そう覚悟して、交代で風呂に入った後に寝室へと二人で向かった。ウサオはまだ遠慮しがちに、「俺寝相あんまりよくないし、やっぱり床で……」と言うのを無理矢理突き飛ばしてベッドに転がした。大きな目がぱちぱちと瞬く。
「うるさい。……寝るぞ」
その隣にぼすん、と寝転んだ。睡魔はまだ襲ってこないが、今日は錦の相手をしたせいで疲れた。目を閉じていればそのうち眠りにつくだろう。眠ってしまえば、ウサ耳男だって、ただの布団か抱き枕みたいな存在になる。
「……遠い、寒い」
「っ、へ?」
壁にべったりとくっついた状態のウサオのせいで布団がそちらに引っ張られる。目を閉じたまま俊は手探りでウサオの腕を掴み、引っ張って自らに密着させる。
「しゅん……?」
トクトクと鳴るウサオの心音はまるで子守歌だ。筋肉量のおかげか体温も高く、湯たんぽみたいなものである。
消灯しているからウサ耳も尻尾も気にならない。これなら大丈夫そうだな、と安心して俊は、眠りについた。
腕の中で俊は眠っていた。すやすやと健康的な寝息を立てる俊をよそに、ウサオはなかなか眠りにつけなかった。昨日までと違って、上等とはいえないがベッドの上にいる。温かい布団にもくるまっている。けれど俊の存在が、ウサオを困惑させる。
ウサギが嫌いだって言ったのに、どうしてこんなに密着して眠ることができるんだろう。ウサオの方が意識してしまって眠れない。
料理はおいしく食べてくれる。洗濯物を畳みながら眠ってしまっていたら、代わりに畳んでおいてくれる。俊は見た目通りの生真面目さで、そして優しい。少し焦げ付いた肉じゃがも黙って食べてくれる。
そして今こうしてくっついて眠っている現状を考えると、まるで新婚夫婦か、と突っ込みたくなる有様だが、ウサオの生活は引きこもり気味の専業主婦と何ら変わらないのも事実だった。
――新婚……専業主婦……
ふるふると首を横に振る。何を馬鹿なことを。今はただ、俊がウサ耳の自分を受け入れようと努力していることに感謝しなければならない。
ウサオは目を閉じて、早く眠りにつけるように祈った。もう夜中の二時を過ぎている。明日は俊のために弁当を作るのだ。早起きが必要なのである。
>13話
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