迷子のウサギ?(14)

スポンサーリンク
BL

<<はじめから読む!

13話

 夕食の後、モバイルを片手に寝室に籠ってしまった俊をよそに、ぼんやりとウサオは食器を洗っていた。いつもならば「もったいない」と即座に止める湯水をざぁざぁと雨のように垂れ流している。

 ――レポート。レポートか。

 気を抜くと不意に、これが彼にとっては必要単位の実習だということを忘れそうになる。初対面の険悪さはどこへ行ってしまったのか、昔から仲のよい友人同士であるかのように、口数は少ないながらも俊も付き合ってくれていた。

 それが楽しくて、心地よくて。もしかしたら超えてはいけないラインを無意識に超えたのかもしれない。あくまでも俊にとって自分は、研究相手に他ならない。普通のヒューマン・アニマルと違う、格好の研究対象だ。

 きゅ、きゅ、ざー、ざー。かちゃり。一人きりのキッチンに響くのは人の声ではなくて、生活音だけ。テレビもなんとなくつける気にはならなくて、グラスをぼんやりと磨いている。

 今日は外出をできると思っていた。ここ二、三日はずっと冷たい雨が降っていて、夜中の散歩も滞っていた。俊も昨日は窓の外を見て、「明日は晴れたらいいな」と呟いていたのに、今日いざ晴れたら一人で先に寝室へと向かってしまった。

 水を止める。明日のおやつ用にクッキーでも焼こうかな、とウサオは考える。俊の家にある電子レンジが高性能のものでよかった。揚げるのも蒸すのもオーブンも、電子レンジ一つでできる。料理を一切しない、という割にレンジは立派なのは、親の愛情なのだろうか。ホットケーキミックスで作れるということを知ってから、失敗なく美味しいクッキーができるようになったのでありがたい。

「チョコレート、入れたいなぁ」

 独り言がやけに大きく響いた。隣の寝室にいる俊に届かないか、と。扉は開かない。何の反応もない。

 ――一人でも、大丈夫じゃないか?

 夜中の散歩の際に誰かとすれ違ったことはあまりない。出会ったとしても都会の人々はウサオや俊のことなど、気にも止めない。コンビニに入るのは勇気がいるからチョコレートは諦めなければならないが、散歩なら一人でも。

 ウサオは時間を見る。十一時を回っている。まだだ。終電の時間の後じゃないとウサオは出歩けない。今日はまだ平日ど真ん中だから居酒屋帰りの酔っ払いも多くはないはず。

 ウサオはクッキーを作りながら時間をつぶすことにしたのだった。

 終電も終わり、夜中の真っ暗な街というのは一人だとこんなにも静かなのか、とニットキャップの上からパーカーとコートのフードも被った状態のウサオは思った。

 俊と二人で歩いているときはぽつりぽつり、他愛もない話をしながらのことが多い。もうあと一週間もすれば十二月になる。寒空は静寂に包まれていて、小さな声であっても星に吸い込まれるように響いていった。

 けれど今は一人で、目立たないように裏道を歩いている。遠くで終電をミスしたのか故意にかわからないが逃したらしい若者の声が聞こえた。

 呑気だなぁ、と思う。きっと記憶喪失になる前の自分は同じようなことをしていたのだろう、とも。ぶるりと震えて、首を竦める。

 けれど今、自分がどこの誰で何歳で、というのもわからない中で、俊しか頼る人間がいない。放っておかれていると不安で、こうして夜中にひとりで出歩いて物思いに耽っている、なんて。

 最初会ったときは、自分も気が立っていた。記憶をなくして、更にはなかったはずのウサギの耳と尻尾がついて混乱している中で、刑事に詰問されることにストレスを感じていた。そんなときに、『ウサギは嫌いだ』と大きな声で言われて、「ウサギじゃなくて人間だ」という気持ちと、いきなりやってきた初対面の人間に「嫌いだ」と言われたショックが入り混じって、売り言葉に買い言葉と喧嘩腰で対応してしまった。

 二人で過ごし始めて、最初の頃はお互いに緊張していた。今も俊は、ベッドに入ったときには一瞬身体を固くする。それは寒さのせいではない。ウサギ型のヒューマン・アニマルである自分に触れるのを恐れるせいだ。

 早く夏になればいいのに。ウサオは思う。そうすれば、また自分はリビングで眠ることができるようになるから、俊は一人でベッドの上で安心できるに違いない。

 ……夏まで、一緒にいられたら。

 日に日に実習期間は過ぎていく。ともに過ごせる日々を、大切に過ごしたい。けれど自分がいることはやはり、俊にとっては負担になっているのだろう。物理的にも、精神的にも。

 どうしたらいいのかわからずに、ウサオは立ち尽くす。ひゅう、と冷たい風に吹かれて、枯葉がかさこそと音を立てて舞い、ウサオの足に当たった。

15話

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました