迷子のウサギ?(38)

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37話

 結果として我を忘れたウサオは、俊を襲った。抱いてほしい、犯してほしいと迫った。俊は冷たい顔でウサオことを見下ろした。それすらも興奮材料にする自分は、つくづく最低だ、とほんのわずかに残った理性が吐き捨てた。

 後ろからガツガツ犯されて、失神したまま、眠りに落ちた。目を醒ますと裸のまま、体内に俊の精液が残ったままの状態だった。

 ウサオはすっかり正気だったし、自分が昨夜何をしたのかも正確に記憶していた。とんでもないことをしてしまった。サー、と青ざめてウサオは俊の姿を探した。痛む腰と尻を擦りながらゆっくりと移動して、リビングへと向かった。

 俊はその部屋にいた。いなくなっていたら、どうしようかと思った。

「しゅ……」

 声をかけたところで、俊がウサオのことを見た。凍てついた冷たい瞳に、ウサオは動きを止めた。ごめんなさい、と言おうとして、唇が震えて言えなかった。

 俊は嘆息した。小さな吐息に、ウサオは身体を震わせる。謝ったところで許してもらえないのだと、ようやく理解した。まともに俊の顔が見られない。

「よかったな」

「え……?」

 俊から話しかけられるとは思っていなかったので、驚いて顔を上げた。俊はこちらを見ていたが、注視はしていなかった。ただそこにいる物体に目をやった。そういう風に見えた。

 何が「よかった」なのかわからない。ウサオが自覚したばかりの恋心が俊にはすでにわかっていて、好きな男に抱かれてよかったな、という意味なのだろうか、と思ったが、そうではなさそうだった。

「犯されたって発情するんだから、もう外に出られるだろ。誰に抱かれたって、同じなんだから」

 パァン、という音に、ウサオは我に返った。手がしびれていて、自分が俊の頬を叩いた音だということに気がついた。ごめんなさい、と謝ることはできなかった。だってこの件において悪いのは、俊だ。俊はそう思ってはいないだろうが。こちらを睨みつける目がそう言っている。

「謝らない、から」

 ぶわり、と涙がこみ上げたのを必死で耐えながらウサオは宣言した。

「今の、は、俺に対する、侮辱だから」

 俊は何も言わなかった。ただウサオに背を向けて寝室へと引っ込む。ウサオは呆然と俊を見送るしかなかった。

 さほど時間を置かずにリビングへと戻ってきた俊の手元には、普段持っているのとは違う、大きな荷物。二泊三日くらいの量の荷物が入りそうだった。

「俊……」

「俺、帰るから」

 帰る。どこに? 俊の家はここだ。ウサオが「帰る」と言うのならばわかる。記憶をなくしているだけで、きっと自分が帰る場所はどこかにあるのだ。だが俊の「帰る場所」とは……

「実家」

「実家……」

 帰らないんじゃなかったのか。言葉にはならなかった。俊の気持ちを変えたのは、ウサオの行動だ。理性の完全に溶けた状態で本能のままに俊を求めたことだ。逆の立場ならば、一緒にいたくないと思っても無理はない。

 止める手立てはなかった。無言で何も言わずに出ていく俊の後ろ姿を、ウサオは見送ることしかできなかった。俊はその間一度も振り返らない。扉が閉じ、鍵が閉められた音がしたのを聞いた瞬間、ウサオはずるずるとへたりこんでいた。

 話し終えたウサオの頬は濡れたままだ。恋を自覚したと同時に相手を襲い、無理矢理に既成事実を作った。そして嫌われ、ひどい言葉を浴びせられた。ショックを受けるのも無理はなかった。

 ウサオを慰めるためか、ポチはウサオの身体にぎゅう、と抱きついた。そのふわふわの髪の毛を撫でると、ぬいぐるみを抱きしめているような感じになって、ウサオはようやく落ち着きを取り戻していく。

「ウサオは、悪くないよ! 悪いのは、俊だよ!」

「ポチ……」

 ポチもまた、目に涙を浮かべながら叫ぶようにウサオを擁護する。

「だって、ウサオがそういうカラダなの、しょうがないもん! おれたちは、そういうふうにできてるもん! おれ、おれだって、たくさんいろんな人とエッチしたよ!? ウサオよりひどいことだって、たくさん!」

 生まれてから保護されるまで、いかがわしい店で働かされ、たくさんの客を取らされていた。笹川の愛情をその身に受けて、ようやく心と知能は健やかな成長を始めたばかりだ。

「でも、浩輔はおれのそういうの、ぜんぶ、ぜんぶ受け入れてくれてる! 俊は、わかってない!」

 誰が好き好んで、自分自身の身体を売るものか。強制的に発情させられて、悪人たちに搾取されるだけの人生。そのまま命を落としてもおかしくはなかったポチだからこそ、ウサオにはどうしようもないことによって俊が拒絶したのが許せないのだ。

「ポチ。そのまま抱きついてると、ウサオが苦しいだろう?」

 殊更に優しい笹川の声が、ウサオにはとても、とても、羨ましかった。そんな風に話しかけてもらえるポチのことが、羨ましかった。自分は決して、手に入れられないもの。すなわち。

 笹川の声にようやくポチは、ウサオを解放した。ぼろぼろと零れ落ちる涙を、笹川の指が拭う。指先の動きのひとつひとつに込められている、手の届かないもの。

 愛だ。ウサオは思う。目の前にいる二人の間に通っているのは、愛以外にない。ウサオが俊との間に、どうしても生み出すことができない、恋心は宙に浮いたまま。

 家に来るか? と言ってくれた笹川に対して、ウサオは辞退した。

「だって、俊が帰ってくるのは、ここだから」

 それだけが理由で、ウサオはこの部屋にたった一人で残ることを決めたのだった。

39話

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