迷子のウサギ?(39)

スポンサーリンク
BL

<<はじめから読む!

38話

 新幹線に飛び乗った。クリスマス前だからまだ空いていたが、それでも自由席に座るには時間がかかりそうだった。俊はデッキで壁にもたれながら、母に「今から帰る」と短くメールをした。すぐさま電話がかかってきたが、車内ということもあって出ずに切った。

 二時間もこの調子か、と思うと実家に帰ることなどせずに、友人宅にでも行けばよかったと一瞬考えたが、何日も世話になる訳にも行かない。通常時ならまだしも、クリスマス、年末とイベントラッシュの時期だ。

 ウサオの傍にいたくなくて、頭に血が上るままに行動した。脳のどこか冷静な部分で、「実家に帰るしかない」と決めて、荷物を適当に詰め込んで、すぐに出てきた。

 母からの着信が何度もうるさい。「新幹線の中だからかけてこないで」と端的にメールして、ようやく着信は途切れた。俊は溜息をつく。

 母はまだ、俊のことをあの、小学生の頃のままだと思っているのだろう。大学受験を控えていた時期も、彼女は地元の大学のパンフレットを取り寄せて、願書も用意していた。義理で受験だけはしたが、合格しても行くつもりはまったくなかった。勝手に母が入学金を支払おうとしていたのをなんとか阻止したほどだ。

 父はあの一件以来、母の言いなりだった。自分がヒューマン・アニマルを預かるボランティアをしようと言い出したせいで、息子が性被害にあったことを妻に責められた。あの日から、両親の力関係は逆転したのだ。ぐいぐい引っ張っていく父と貞淑な母から、ヒステリックに喚く母と、それに黙って従う父へと。

 帰るのは気が重いが、ウサオとの二人暮らしよりはマシだろう、と言い聞かせる。ウサオは傷ついた顔をしていが、俊だって過去の古傷を抉られ、塩を塗られた形だ。シロ以上に、ウサオに心を許していたから、なおさら辛い。

 座席に座れなくてよかったのかもしれない。立っていると疲労感が足に蓄積するのが気になって、思考の深淵に沈まずに済む。次の駅でもどうせ人がたくさん乗ってくるだけだから、座ることはできないだろう。

 その推測通り、俊が座席につくことはなかった。デッキ付近にずっと立ちっぱなしで、乗客の乗り降りをぼんやりと見ながら、三時間弱。ようやく駅についた。久々の地元の身を切るような寒さに、もっと厚着をしてくるんだった、と後悔した。油断した、と舌打ちをして、ローカル線へと乗り換えるべく別のホームへと向かった。

 実家の最寄り駅には、到着時刻を知らせていなかったにも関わらず、母が迎えに来ていた。母の頬は真っ赤だった。一体どのくらい待ったのだろうか。俊はそう思ったが、何も言わなかった。

「おかえり、俊」

 うん、と俊は小さく頷いたにとどまった。母は屈託なく笑い、俊の荷物を持っていない方の腕に、自分の腕を絡ませた。まるで恋人のように。俊には振りほどけなかった。ただ、今周囲から自分と母がどのように見えているのか、気がかりだった。

「さ。車乗ってちょうだい。荷物は後ろね」

「うん」

 相槌しか打つ気のない俊に対して、母は気にした風もなく、上機嫌だ。夏休みも帰省せずに、年末年始も帰るつもりはないと言っていた息子が帰ってきたのが嬉しいのだろう。しかもクリスマス前に、ということは俊に恋人がいないということも確信できて、喜びもひとしおだというのが手に取るようにわかった。

 年甲斐もない真っ赤な軽自動車だった。乗り込むとなんとなく尻の座りが悪い気がしたが、何も言わなかった。ミラー越しに見える母の唇も真っ赤に塗られていて、俊はぞっとする。

 赤い唇が示すのは、シロだ。男なのに、化粧もしていないのに、自然と紅に染まった唇が、自分自身の唇を塞いだあの日のことを、母が忘れるはずがないのに。

 嫌悪感が募る。俊は目を閉じた。

「あら、寝ちゃったの?」

 ああ、本当に眠れたのなら、どれほどいいか。母の声を聞かなくて済む。夢など見ないくらい、深い眠りにつくことができたならば。シロのこともウサオのことも考えずに、眠ることができたのならば。

40話

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました