迷子のウサギ?(41)

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40話

 その日は母には何も言えなかった。胃薬は家の中から見つからなかったので、父親に帰省してきた旨とともに帰りに買ってきてくれと依頼していた。母には秘密で受け渡しが行われる。

 予想通りに食事は大量に用意され、もう二十歳を超えた息子に対して甲斐甲斐しく世話を焼く母に、苦笑しながら、覚悟を決めてどんぶり飯を食らった。父も、黙々と身体の負担にならないような惣菜を選んで箸を動かしていた。

 夕食は母だけが喋っている様相だった。別に俊と父の間は険悪というわけではない。ただ、母の支配するこの場所で男同士の話をするほど、愚かではなかった。

 母が風呂に入っている間に、父にだけ俊は自分の本当の夢を告白した。ヒューマン・アニマル・コーディネーターになりたい。その言葉に父は驚いたように目を開いた。

「お前、あんなことがあってもヒューマン・アニマルに関わりたいというのか?」

「ああ。……あんなことがあったからこそ、俺にしかできないことがたくさんあるんだって、信じてる」

 父は頷いた。お前の信じる道を行きなさい、と許した。ありがとう、と言うと、父はぎこちない笑みを浮かべた。

「じゃあお前、それを母さんに言うために帰ってきたのか?」

「……」

 違う、と言うことはできなかった。寛容な父にさえ、告白できないことはある。今、自宅アパートでウサギのヒューマン・アニマルとともに暮らしていて、シロと同じ過ちを犯してしまったのだ、なんて言ったら、さすがの父も二の句が継げない状態になってしまうだろう。曖昧に微笑んで濁すと、父は「でもなぁ……母さんが利いてくれるかどうか」と肩を落とす。

「そんなにひどいの?」

「ん? ああ。俺の話なんか、ほとんど聞いてないな。もっとも最近じゃ、母さんも俺に対して話しかけようともしてこないが。だからお前が帰ってきて、珍しくはしゃいでいるんだ」

「聞いてくれたとしても、受け入れては……」

「もらえないだろうなあ」

 母さんはお前以上に、シロのことを憎んでいるから。

 父の言葉に俊は小さく頷いた。それが母の愛なのだ、ということも俊にはわかっている。歪んでしまったけれど、すべて母が自分を案じてのことだということがわかっているから、俊は何も言えずに黙っているのだった。

 次の日も、またその次の日も、ぼんやりと割り当てられた客間で過ごすことが多かった。母に呼ばれて家事を手伝わされたりする以外は、何もしなかった。資料くらい持ってくればよかったな、と思っても後の祭りだった。

 勉強している俊の邪魔をしないように、ウサオは漫画を読んだり料理のレシピを一生懸命覚えていたりする。黙っているその空間が心地よくて、時折「きゅるる」という不思議な音に振り向くと、「レシピ見てたら腹減った」と照れ笑いするウサオがいる。

 後ろを振り向いても、ウサオはいない。キッチンにも、どこにもいない。父は出かけていて、母と二人きりの家は、やはりどことなく、息苦しいのだ。

 だからといって、母を突き放すこともできない。「俊ー。暇なら買い物付き合ってよ」と言われると、俊は重い腰を上げるしかなかった。

 家の周囲の店は軒並み閉めていまっているので、車に乗って大きなスーパーマーケットへ行くのが普通だった。玄関から外に出ると、また雪が降っている。車は夜中の雪がそのまま積もっていて、雪だるまのようになっている。母の魂胆が見えた。俊に雪払いをやらせようというのだ。逆らう気もないからブラシを取って、雪を跳ねのけた。

「あら、やってくれたの」

「……」

 白々しい笑顔だと思った。何も言わずに車に乗り込むと、まだ暖房が効いておらずに俊は身震いした。

 スーパーマーケットでは、母が子供のときに俊が好きだったお菓子をカゴに入れようとするので、止めるのが大変だった。高校時代ですら、そんなにスナック菓子は好んで食べなくなっていたというのに、母の自分に対する記憶はすべて、あの頃に戻ってしまうのだと思うと背筋が寒い。

 そういえば手作りクッキーは、あれから二度と見なくなった。ヒューマン・アニマルを迎える儀式に使っていたことを忘れたいからだろう。けれど俊は、あのクッキーならもう一度食べてもいいな、少なくとも毒々しい赤のゼリー菓子よりは、と思う。甘くて、素朴な味が舌に蘇るが、二度と食べることは叶わない。

 店の外に出ると、もこもことしたダウンコートを着た少女が、店の前の道路を歩いていた。危なげなく歩いている姿は小さくとも、さすがに雪国の子供だ。彼女は両手に小型のペットが入るキャリーを抱えている。ちらりと隣に立つ母を見ると、案の定、眉を顰めていた。

 どうか何事もありませんように。祈りながら俊は母とともに、車の泊めてある場所へと移動する。広い駐車場では、店から離れたところしか空いていなかったのだ。両手いっぱいに荷物を持って歩いていると、「きゃっ」と子供の声がして、俊はそちらを振り向いた。

 先ほど歩いていた少女が転んで、抱えていたキャリーケースの中から彼女のペットが飛び出した。耳の長い、丸い尻尾の、茶色い小動物。母は「ひっ」と小さく悲鳴をあげた。

42話

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