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<42話
電話のコール音がする度に、俊かと思って慌てて二つ折りの携帯電話を開く。また違った、と残念に思いながらも通話ボタンを押す。
「もしもし」
かけてきたのは藤堂だった。番号ですでにわかっていたが、落胆もひとしおだ。ウサオを心配して、笹川のスマートフォンを使用してポチが何度もかけてきてくれるのだけが、ウサオの唯一の癒しだった。
藤堂がもたらしたのは、最低のニュースだった。一瞬ウサオはその名前に聞き覚えはあったが「誰だったっけ?」と首を傾げた。藤堂は「おい、忘れたのか」と声に呆れた色を混ぜた。
『錦。錦慎二だ。お前を襲って捕まった。あいつが、仮保釈されてる……まぁ、何もできないだろうが、身辺には注意しろ。一人で外には出るな』
「……わかってます」
いつ俊が帰ってくるかわからないから、笹川たちに誘われてもウサオは頑なに首を横に振り続けた。食料や生活必需品は笹川に依頼して買ってきてもらい、それ以外はひたすら部屋に籠っていた。手の込んだ料理も、一人きりだと味気ない。
俊が実家に帰ってしまって、もうすぐ一週間。クリスマスなどとうに過ぎて、もう年の瀬だ。雑煮やおせちといった料理を作るのだと意気込んでいたときが、なんだか遠かった。
俊が帰ってきたら、どうすればいいんだろう。まずは謝りたい。けれど、何に対して謝るんだ。もうすでに、発情して襲いかかったことについては謝罪している。その後殴ったことに対しては、謝りたくない。けれど、いきなり普段通りに接することなんて、自分も俊も、できないだろう。
溜息ばかりが積もる。喧嘩をすることは簡単だが、仲直りをすることは難しい。二人とも、もう大人なだけ余計に。
どちらかが一方的な原因となっていれば、その罪を認めるだけでいい。お互いが同じくらい悪くて、同じくらい傷ついた。対等な喧嘩というのは実は、それほど存在しないはずなのだが、俊とウサオの間のわだかまりは、その数少ない対等な喧嘩のような気がしていた。
とにかく早く連絡がつかなければ、前には進めない。しつこくならないように、メールは一日に一度だけ送っている。電話は、はなから諦めて、かけていない。返事はまだ、一通も返ってきていない。
ふぅ、とまた大きな溜息をついて、ウサオは枕を抱きしめて、ベッドに寝転んだ。すぅ、と大きく息を吸う。俊の匂いがするかと思ったが、もうウサオの匂いだけになってしまっていた。
このまま昼寝でもしようか、と目を閉じると、視界が閉ざされた途端に、聴覚が敏感になる。外で車が走る音に耳を澄ませていると、それよりももっと近い場所で、ガチャガチャという音がした。
「!」
ウサオは瞬間的に身を起こした。家のドアノブが弄られている。笹川たちならば、インターフォンを鳴らす。ああ、俊だ。ウサオはそう判断した。鍵を出すのに手間取っているのかもしれない。
素早くウサオはベッドから降りて、急ぎ足で玄関へと向かった。顔を見たら、「おかえり」って言ってあげないと。笑顔は不自然にならないように――大丈夫。
まだガチャガチャと音を立てているドアを、不審に思うこともなかった。思い込みの力とは、かくも強いものなのだ。
ウサオは扉を開きながら、「おかえり、俊」と声をかけた。しかしそこにいたのは、今のウサオにとっては、見知らぬ男。
「え」
そして一瞬のうちに、ブラックアウトする意識。どさり、と倒れる身体は、地面に届く寸前で、目の前の男によって抱き留められた。
>44話
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