迷子のウサギ?(47)

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46話

「……あんた、市議会議員さんがそんな物騒なもん持ってて、いいのかよ」

 強がりは、しかし、声が無様に震えた。ナイフですら喧嘩に用いたことはない。所持しているだけで犯罪になるその凶器など、テレビや映画の世界でしか見たことがない。

「このくらいしないと、君は手に入らないだろう?」

 助けなど来ない。この誘拐劇はおそらく、用意周到に準備されていた。湊の身体を手に入れるため。ただ、それだけのためにここまでする男は狂っているはずなのに、安藤の目は、どこまでいっても正気なのだ。それが、湊には信じられないし、恐ろしい。

 突きつけられた銃口が、そのまま湊の額から頬へ、首筋を辿っていきつくのは胸元、心臓だった。まるで愛撫のようだった。撃つ気はないだろう。この男が、ネクロフィリア――死体性愛の気がなければ、の話だが。

 安藤は薄く笑って、拳銃を懐に収めた。常に出しておく必要はないと判断したのだろう。いつだって撃つことができるのだと湊が思い、怯えているのならそれでいい、と。

「抱きたいなら、抱けばいい」

 もうすでに初めては捧げてきた、と湊は言わなかった。ウサオとして経験したことはすべて、湊の中に残っていて、想いもまだ、そのまま胸の中にある。

 好きな人に、初めてを無理矢理とはいえ捧げることができたのだから、大嫌いな安藤にレイプされるくらい、訳ない。そう思い込んで、辛い気持ちを紛らわそうとする。

 大丈夫。そう、きっと。凌辱されようとも、監禁されようとも、俊たちはきっと、自分を見つけてくれるに違いない。根拠のない自信があった。だから、耐えられる。

 開き直った湊に対して、安藤は「おや」という表情を浮かべていた。思っていたような反応と違ったのだろう。

「男に抱かれることに抵抗はないのかね?」

「抵抗? したらやめてくれんの?」

 いや、と安藤は首を横に振った。

「なら、抵抗したらもっと大変な目に遭うんだろ。俺は怪我はしたくないんだよ」

 湊の台詞に対して、安藤は面白そうに唇を歪めた。その顔を見て、湊はまた、背中に薄ら寒さを覚える。なんだろう。覚悟は決めたのに、どうしてこんなに、嫌な予感がするのだろう。ただのレイプではなく、もっと、恐ろしいことを考えているような。

 湊の顔色を見て、だいたい何を考えているのか安藤はわかるようだ。いや、もしかしたら、耳を見ているのかもしれない。頭の上で必要以上に垂れて、震えているウサギの長い耳を。

「そう。君に対しての手術はね、半分しか済んでいないんだよ」

 指がパチン、と鳴った。同時に部屋の扉が開いて、安藤の後ろから背の高い白衣の男が現れた。安藤とは対照的に、病的に痩せている。きっとこの男が自分にウサギの遺伝子を混ぜたのだ、と湊は確信した。

「はん、ぶん……?」

「そう。半分手術を施したところでね、パトカーが来たものだから」

 ウサギの耳と尾を生やして、それだけでは不十分。まだ君を手中に収めたことにはならない。身も心も、すべてを手に入れるためには、もう一つ、男であって、男ではない存在にすることだ、と安藤は笑った。

「男の肉体で、けれど妊娠できるようにして、ようやく君は完成するんだよ」

「!」

「そうなってから、犯してあげよう。発情を誘発させる薬品も使って、男を求める肉体に、私の子種を注いで、君と私との間に可愛い子供ができたとき、君は私だけのものになる」

 ヒューマン・アニマルから生まれた子供というのを見たことはないけれど、後天性であっても、私たちの子供はウサギの特徴を備えているのかな、と、安藤はその声に好奇心を滲ませて誰に聞くわけでもなく言った。褒められる類の興味関心ではない。

「その子供もまた、私のものだ。君によく似た子がいいね。小さい頃の君を犯しているような気持ちになるだろう」

「この、下衆……ッ」

 何とでも言うがいい、もう君は逃げられない。そう言って、安藤は一歩下がった。背後にいた幽鬼のごとき医者を前に押しやって、促す。

 この男によって、湊は改造されてしまった。そしてまた、違法でおぞましい手術を施されようとしている。この男相手だけだったならば、逃げられる。手術のときはさすがに、安藤も出ていくだろうと考えたが、すべて安藤にはわかっていた。

「もしも抵抗するようなら、使うといい」

 安藤の手から医者に、小さな拳銃が手渡される。医者は黙って受け取るが、首を横に振った。

「すぐに麻酔を使いますから……」

 か細い声は、今にも死にそうだった。念には念を入れて、だ。安藤がそう言うと、渋々彼は受け取った。

「じゃあ、湊くん。次に会うときは、新しい君になっていることだろう。そのときを、楽しみにしているよ」

 安藤は湊に近づいて、古い君とのお別れのキスだ、と唇を奪った。ねっとりと舌が唇を辿る。中に入ってこなかったのは、噛み千切られるのを恐れた故だろう。きついコロンの臭いに、頭がくらくらした。

 安藤は出ていく。拳銃と麻酔、二つの武器を持った医者は、不気味な無表情のまま、湊の横に立っている。

 退路は、断たれた。もう、湊にはどうすることもできない。そっと目を閉じると、俊の笑顔が思い浮かんで、泣きたくなった。

48話

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