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<47話
さらわれた場所がどこなのか、湊には皆目見当がつかない。ただ、外の音が聞こえないことから、防音設備も完璧なのだろうと思った。安藤にレイプされて悲鳴を上げたとしても、すべて分厚い壁が吸収してしまうのだろう。
改造されて、凌辱されて、孕み、子を産み落としては自分の子供とともに犯される、そんなお先真っ暗な未来しか見えない。いっそのこと舌を噛んで、死んでしまおうか。今ならまだ、麻酔も使われておらず、そのくらいのことはできる。
けれどそれができないのは、一縷の望みが残っているせいだった。俊が助けに来るかもしれない。俊の知らないところで、自分が勝手に死ぬことなんて、できるはずがない。錦にレイプされそうになったときだって、助けに来てくれた。きっと、今回だって。
その望みは消えない。俊がどうしても助けに来ることがないという証拠を突きつけられない限り、湊は決して、諦めない。決して。
湊は目の前の医者を睨みつけるが、肉体のひ弱さと異なって、彼は怯むことなく湊に近づいた。最初から用意されていた医療器具の中から、薄手のゴム手袋を身に着ける。
「これから君に対して行うのは、女性器の造形手術です。性同一性障害の治療の一環として行う、形だけのものではなくて、きちんと妊娠することができるようになります」
そんな説明はいらなかった。けれど少しでも会話を長引かせて、手術に取り掛かるのを遅らせようとして、湊は挑戦的に笑って「どうやって?」と会話を続ける。淡々と医者は、とっくに湊の魂胆に気づいているだろうに、答えた。
「移植手術ですよ。それから君の遺伝子情報を、また少し書き換える。男としてよりも女としての特徴が強くなるように、両性具有化する」
「へ……ぇ。移植、かぁ……でも移植って、そんな簡単にできないんじゃなかったっけ? 適合しないと駄目だ、とか。あんたたち、俺のこと殺したいのか?」
いいえ、そんなことをしたら私が安藤に殺されます、と医者は麻酔薬の準備をしながら言った。呼び捨てにしたのが気になった。ただの雇い主と雇われた闇医者の関係というわけでもないのだろうか。
「じゃあ俺が子供産めるようにするなんて、無理じゃないか」
「いいえ、可能ですよ。要は、適合する臓器ならば問題がないのですから……君にとても、近しい人の臓器、だとか」
医者の抑揚のない声に、一瞬何を言われたのか湊はわからずに、口をぽかん、と開けた。適合する臓器。赤の他人のものが一致する可能性は、低い。今、この男はなんと言った。
――近しい、人の、臓器……ッ!
言葉の意味がようやく伝わって、湊は激しい怒りと恐怖を覚えた。そんな、まさか。こいつらは自分を雌にするために、自分の家族を。
「母親だともう、臓器も損傷していますし、卵子の残りもわずかでしょうからね、まだ若い子宮を用意していますよ」
妹、の……!
「まさか、まさか……!」
「わかっているでしょう? あの人は、君のためならなんでもします」
湊のためなどではない。自分自身のためだ。そのために人を、妹の愛を殺して、臓器を奪い取った。
「あの中に、君の肉体に入る新鮮な臓器、ご用意しています」
医者が指さしたのは、冷蔵庫だった。シルバーの、一般家庭で使うものではないのは一目瞭然だった。あの中に、妹の一部だったモノが入っているのだと思うと、震えて動けなくなった。
「いや、だ……」
それでも口だけは、抵抗の意志を口にする。言っても無駄なのだ。この男たちは本気なのだ。いっそ自分が狂ってしまえばいいのかもしれない。そう、自分自身が湊ではなく、愛なのだと思い込めば、これから移植される臓器も受け入れられるのに、湊は正気だった。
注射の用意が整った、と男は湊に向き直った。注射器を押すと麻酔液が垂れた。それを今から注入されるのだと思うと、湊は鼻の奥がツン、と痛んで、ああ、泣くのだ、と自覚した。
腕に注射器が押し付けられて、目を閉じた。
――ごめん、俊。また俺、ボロボロになって、おかしな身体にされちゃうみたいだ。
――ああ、記憶戻ったのになぁ。湊、って、俊に呼んでもらいたかったな。
――ボロボロになって、人ではなくなってしまったとしても、助けに来てくれ。いつまでも俺は、待っているから。
いくばくかの諦めを含んだ溜息とついたと同時に、扉が勢いよく、開いた。
>49話
コメント
すごい展開ですねー!怖いです。毎日更新を楽しみにして、読んでいます。
ウサオの妹は大丈夫なんでしょうか?続きが気になります~🐸
コメントありがとうございます。今日も更新しました。
妹に関しては、続きを読んでいただくとわかりますが、無事です(ちゃんと説明してないですが)。
闇医者はそんなに悪い奴じゃないので。
ラストスパートです。最後までお付き合いくださいね。