迷子のウサギ?(50)

スポンサーリンク
BL

<<はじめから読む!

49話

「ああ、ウサオ……」

「湊」

 え? と丸くなった俊の目を見つめた。

「俺の名前は、倉橋湊。まぁ、ウサオの方が呼びやすかったら、ウサオのままでもいい……けど」

 本名を教えているだけで、なぜこんなにも恥ずかしい気持ちになるのかわからずに、湊は下を向いた。

「記憶……戻ったのか?」

「……ん」

 こくりと頷くと、俊の表情がみるみるうちに変わる。泣きそうな顔で、俊は笑って、ぎゅう、と湊の身体を抱きしめた。

「ちょ、苦しい、苦しい……って、ば!」

 とんとん、と俊の背中を叩いて力を緩めさせると、湊は微笑んだ。

「あのさ……『俺』の話、聞いてくれる?」

 ウサオではなく、ウサ耳も尻尾もない生活をしてきた倉橋湊が、どうしてウサオになってしまったのか。そういう話だ。

「勿論!」

 再び抱き合った二人の耳には、咳払いが聞こえてくる。

「あー……お前たち。その話はぜひとも、藤堂刑事にもしてやってくれないか? あと、ウサオ……じゃなくて湊か? 湊はまず、病院だ」

 ――あれ、いたのか。

 思わず口をついて出た。藤堂たち警察と一緒に湊を助けにやってきたのは、俊だけではなかった。笹川と高山もその場にいた。ややいたたまれないような様子で、高山は苦笑しているし、笹川は「いたのかとはなんだ」と湊の頭を叩く。

「痛いっ! 馬鹿になるだろ!」

「これ以上馬鹿にはならんだろう。……お前を心配していたのは三船だけじゃないんだぞ」

 そう言うと笹川はスマートフォンを器用にほぼ見ないで操作して、コール音を待つ。通話相手が出たのを確認して、「ほら」と湊に手渡した。

 誰だろう、と思いながらも「もしもし?」と言った湊の耳に聞こえてきたのは、「ウサオぉぉぉぉ」という盛大な泣き声だった。

「ポチ?」

『ウサオ無事? 怪我してない? 大丈夫?』

 わんわん泣きながら湊のことを心配してくれているポチに、きゅん、となった。

『ウサオいなくて、どっかいっちゃって、もう会えないかとおも、うっ、ううう……ぐるる……ッ』

「もう大丈夫だから。ポチ。また俊と一緒に暮らすから、遊ぼう?」

『ぜったい、ぜったいだからね! 嘘ついたら地獄に落ちるんだから!』

 どこで覚えてきたのかよくわからないが、小学生のようなことを言うポチに、「必ず」と約束をして、通話を切った。

 スマートフォンを笹川に返しながら、湊は思った。

 自分の意志とは関係なくウサギの遺伝子を混ぜられてしまったけれど、唯一よかったと言えることがある。

 それは、人間関係が深いものになったことだ。ウサオになる前の湊は、友達がたくさんいた。安藤によっておそらく処分されてしまったが、所持していたスマートフォンには、百人を軽く超える友人・知人たちの連絡先が入っていた。

 けれど、本音で話せる、なんていう関係を築くことができた人間は、一人もいない。

 ウサオとして暮らす中で、俊は勿論、笹川や高山、そしてポチ。本当に大切で、かけがえのない人たちと出会うことができた……それだけが、自分にとっての幸福なのだ。

 そう思うと、訳もなく湊の視界が涙で滲んだ。

 それからどたばたと病院へ行き、検査の結果どこも悪いところはないとお墨付きをもらった湊は、笹川の家で藤堂による事情聴取を受けた。警察に行くわけにはいかないし、俊と湊の暮らす部屋では狭いという理由だ。

 当然笹川の家にはポチもおり、湊の顔を見たポチはまたもや号泣して、湊にくっついて離れないという顛末もあり、事情聴取が完了したのはもう夜も更けきった後のことだった。

 ようやくこれで事件解決だ、と藤堂は聴取後に首をぽきぽきと鳴らした。それからふと真顔になって、「これからどうするんだ」と湊と俊に向き直る。

「どう、とは?」

「お前たちが二人で暮らし続けるにしても、ウサオ……じゃない、倉橋には家族がいるだろう。どうするんだ?」

 お前のその耳と尻尾、いつかは話さないと駄目なんじゃないのか、と。

 それを言われると耳が痛い、とばかりに湊は垂れ耳を押さえた。倉橋の家からは家出人の捜索願も行方不明の届け出もなされていないのだから、藤堂にもなんとなく、湊の家の事情は伝わっているのだろう。

「まぁ、すぐにとは言わないが。自分の住んでいるアパートの解約なんかもしなけりゃならんだろうし、保証人は親だろう? 早い方がいいと思うぞ」

 そんな風に忠告されてしまえば、湊も頷く他はないが、気は全く乗らなかった。

 藤堂は警察署に帰り、笹川は「夜も遅いから泊まっていくか?」と聞いた。その言葉にぱっと目を輝かせたのはポチだった。ポチは湊にべったりとひっついて、

「お泊まり? お泊まり?」

 とねだるが、湊は首を横に振った。

「えー」

「また今度、泊まりにくるから、な?」

 申し訳ないですが、と湊と俊は帰宅する高山に車に乗せてもらい、帰途についた。後部座席に二人で並んで座ると、途端に疲労感が襲ってきて、湊は溜息をついた。

「疲れた?」

「ん……」

 当然といえば当然だ。俊の不在によってストレスと不安が溜まっていたところで、誘拐されて、記憶を取り戻すにいたって、それから病院での検査。俊も大変だった、と思うのだから、湊にとっては怒涛の一日だったに違いない。

51話

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました