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<17話
千秋楽が終わっても、なかなか仕事に切れ目がなかった香貴の、久しぶりの一日オフの日。
申し訳ないと思いながらも、涼は事前に連絡して、時間を作ってもらった。午前中で終わる予定だが、その分集合時間が早い。競り(近年はオークションと呼ぶことが多い)は午前七時から、中央卸売市場で行われる。下見の時間をじゅうぶん取りたいので、三十分前には到着しておきたいところだ。
逆算して迎えに行く時間を告げたところ、快くオーケーして楽しみだと言っていたはずの香貴から、しばらく返信が来なかった。仕事の関係で早起きが必要なことは多いだろうが、プライベートで積極的に早朝から活動したいかというと、そういうわけではないようだ。
まあそうだよな。俺だって眠い。
嫌だったらいいけど、という譲歩のメッセージを送りそうになって、ぐっと我慢した。香貴の「バラを育てられるようになりたい」という願いを叶えるために、心を鬼にする。
しばらく待つと、「わかった」という一言に続いて、「頑張るぞ!」というゴリラのスタンプが送信されてきた。
なんでゴリラなんだよ、とひとしきり笑ったあとで、涼は明日のオークションで狙う花をスマホにメモしていった。
ギリギリのところで寝坊しなかった香貴だったが、身支度を整えるところまでは気を回せなかったようだ。変装目的ではなく、度の入ったガチの眼鏡のフレームは厚く、寝癖がついたままだ。この姿を見て、まさかあの貴公子・錦織香貴とは思うまい。
「おはよう」
「うー」
挨拶もそこそこに、目を擦りつつ助手席に乗り込んだ香貴に、涼はついつい世話を焼く。ぼーっとしているだけの彼のシートベルトを締めてやった。
そんな状態なのに、「着くまで寝ててもいいぞ」と言うと、首を横に振る。
「涼さん運転するのに、僕が寝てるのは申し訳ない……」
語尾が消えかかっているのに、無理に目を開けようと頑張っているので、気にすんなと頭をポンポンとリズミカルに叩いて、寝かしつける。やはり限界だったようで、「ごめん」と一言謝ったのち、すぐに彼は寝息を立て始めた。
目を閉じ意識がない状態だと、凛々しいよりも可愛らしくすら見えてくる。自身も寝起きのぼんやりした状態で見つめていたが、すぐにこんなことしている場合じゃないと思い直し、涼はエンジンをかけた。
>19話
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