薔薇をならべて(27)

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26話

 その日から、涼の日課に新しく、ハンドケアが加わった。これまでは耐えられなくなっでから傷薬を塗るだけだったが、毎日の細かい傷に軟膏を塗り、よくなってきたら今度は予防として、ハンドクリームを擦り込む。

 無香料のはずのクリームを取り出すと、なぜか甘い匂いがする気がした。そんなはずないと言い聞かせ、朝晩と涼は欠かさず丁寧に塗る。

「最近、香貴くん来ないわねえ」

 客足が遠のいた午後、母が不意にこぼした。母の日という配達地獄が終わり、次は父の日。悲しいことに母の日ほどではないが、鉢植えや花束の注文が増えている。

 予約票をとりまとめながら、香貴を思い出すようなことがあったのだろうか。店前の清掃をしていた涼は、振り返った。

 あの日以降、涼も香貴とは会っていなかった。スマホでメッセージのやりとりはそこそこしていたのだが、それも香貴から連絡が来るばかりで、こちらからメッセージを送信することはなかった。

 スマホを持つ手に目が行くと、どうしても照れくさい気持ちがこみ上げてきて、なんだかとんでもないことを書いてしまいそうになるせいだ。

「そういやLINEも来てないわ」

 香貴からの連絡がないのをいいことに、涼も仕事にかまけていた。母のつぶやきによって彼のことを思い出すと、俄然気になってきた。ポケットに入れていたスマートフォンを取り出して、直近のメッセージを確認する。

「あー。なんか、新しい映画の脚本に集中してるっぽい」

 それは例の、プレゼント攻撃によって逃げられてしまった脚本家の新作で、どんな話かはさすがに教えてくれなかったが、興奮した様子のメッセージが残っている。

 まあ、病気や怪我ではなさそうなので安心した。香貴の仕事のことは花屋にはまるでわからない。次の作品に向けての役作りをしているのだろう。

 涼は納得しかけたが、母の「それって、まずいんじゃないの?」という言葉に首を捻る。

「なんで」

「なんでってあんた。香貴くん拾ったときのこと、忘れたの?」

 拾った。ああ、確かに拾ったのだ。

 脚本に熱中し、役に入り込み、寝食を忘れてふらふらだった香貴が行き倒れたのを拾ったのは、まぎれもなく自分だ。

 もしかしたら今も、家で飲まず食わずで集中しているのかもしれない。暖かいを通り越して汗ばむ気温の日も増えてきた今、家の中で熱中症になる危険だってある。

 急に心配になった涼は、彼の家に行かなければ! という強い使命感に駆られた。行動に移そうとして、手にしたホウキの存在を思い出し、ぐっと堪える。仕事中だ。今はたまたま客がいないだけ。

 しかし、その後も足をぶつけたり、指定された予算以上の豪華な花束を作り上げてしまったり(幸い、母が途中で気づいたので事なきを得た)と、散々な涼を、さすがの母も見かねた。

「仕事終わったら、スーパーでお弁当でも買って行ってやりなさい」

 財布から五千円札を取り出して、「仕事終わってからよ」と念押しする母に、涼は頷いた。

 それから時計を気にしつつも、涼は特に目立ったミスも犯さず、閉店を迎えた。

28話

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