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<30話
心地よい眠りを妨げたのは、インターフォンが連打される音だった。驚いて勢いよく身を起こしたら、腰がみしりと音を立てた。のろのろとベッドから降りると、窓の向こうは夜もとっぷりとふけていた。
呼び出し音はまだ止まない。
「はーい」
相手には聞こえないのは百も承知だが、なんとなく声に出し、慌てて玄関まで向かう。藤正家にはビデオカメラ付きインターフォンなどという文明の利器は備わっていない。そして母にも涼にも警戒心が欠けているので、そもそも顔を合わせずに会話できるという機能自体、ほとんど使ったことがなかった。
なので、何度もピンポンピンポン鳴らす迷惑な訪問者相手に、「誰だ?」と思いつつも、すぐに扉を開けて応対した。
「はいはい。近所迷惑ですよ……」
いきなり開いたドアに驚いて、向こうも動きを止めた。涼は涼で、整った顔の男の登場に、表情を凍らせた。びっくりしたというよりも、どうして今更、という気持ちだった。
「香貴……」
額に汗をかき、彼は肩で息をしている。まさか、家から走ってきたのか? 近所とはいえ、駅の反対側からそこそこ距離がある。ほぼ全力疾走だったのでは、と思うくらいの疲労感であった。
さすがに追い返すわけにもいかず、涼はとりあえず彼を部屋に通し、水を差し出した。うっかり水道水を出したが、あっ、と思ったときにはすでに、香貴は一気飲みしていた。水にこだわりがないタイプでよかった。
彼が落ち着いたところで、「何しに来たんだよ」と涼は問うた。思った以上に拗ねた声音になってしまったことで、下を向く。こんなんじゃ、自分の恋心がすぐに香貴にばれてしまう。
「今日事務所で、うらら先輩に会って」
うららという名前に心当たりはなかったが、十中八九、恋人のあの女性だろう。涼の推測は正しく、「あ、見てもらった舞台でヒロイン役だった人なんだけど、あの人、僕の大学のときの先輩なんだ」と、香貴は説明した。
「うち、広いでしょ。よく学生劇団の仲間が合宿だなんだ言って、泊まりに来てたから、僕んち知ってるんだ」
涼にすれば、「ふーん。それで?」という言い訳だ。付き合いの長さを見せつけられただけだ。恋人同士であることは変わらない。向かいに腰を下ろしたが、真正面から香貴の顔を見ていられなかった。
>32話
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