薔薇をならべて(32)

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31話

「ああ、やっぱり勘違いしてる」

 ごちゃごちゃと何事か呻いた香貴の真意が掴めず、涼が顔を上げた瞬間、

「僕はうらら先輩とは今も昔もこれからも、恋人になることはないし、僕が好きなのは!」

 勢い込んだ彼の顔が、至近距離にあった。手を握られハンドクリームを擦り込まれながら彼の話を聞いたあの日よりも、もっと近く。そう、それこそ、もう少しでキスができそうな。

 身を引こうとして、阻まれる。香貴の両手に頬を挟まれた。

 一呼吸置いて、彼は涼の目をじっと見つめた。花の芳香よりもずっと甘い瞳。吐息が直接、耳を掠める。

「僕が好きなのは、涼さんだから」

 微笑みに、真っ先に出てきたのは「嘘」というつぶやきだった。さすがに真面目な告白への返事に対して、思うことがあったのか、頬をぐいっと引っ張られた。

「いたいいたい」

「痛いですよねー。夢じゃないですよー。僕は、あなたのことが、好きです!」

 頬が痛くても、言い含められても、いまいち信じられなかった。

「だって、あの人もバラが好きだって。だからお前も」

「だーかーら、違うんだってば」

 香貴の説明によれば、うららがバラを好きになった理由は、香貴と同じである。

 つまり、錦織家の庭で丹精された木々を見ながら、彼の祖母からあれこれと手ほどきを受けた結果のもの。むしろ、うららの方が香貴の後追いだ。

 庭でバラをいっぱいにしたいのは、祖母が施設から家に戻ってきたときに、驚かせたいからだという。

「それに、うらら先輩。昔から僕があげるって一言も言ってないものまで、ひょいひょい取ってくし」

 その辺に放置しておくと、「いらないならもらってあげる」とまるで悪気なく持っていってしまう。出入り禁止にならなかったのは、うららの憎めないパーソナリティと、祖母が彼女のことを気に入っていたから。

「あの日、来てくれたんでしょ。うらら先輩から聞いたんだ」

 予想通り、また人間らしい活動をすべて忘れていた香貴は、何度も押されたインターフォンによって、正気を取り戻した。ふらふらと玄関口まで出て行くが、うららはすでに諦めてどこかへ行ってしまっていた。

 置かれていたエコバッグの中の食糧を食べて人心地ついたところで、スマホに彼女からのメッセージが入っていることに気がついた。

『あんたまた、ろくに食べてないんでしょ。玄関に置いといたからね』

 先輩風を吹かせた彼女からの伝言に、涼のことは一切書かれていなかったし、バラの花は案の定、自宅に持ち帰っていた。

「うらら先輩、忘れっぽいというか、大事な報連相ができないというか……」

 天然ぽややんの評価をほしいままにしている香貴が溜息混じりに言うとなれば、相当なものだ。「そういえばさあ」という形で、香貴が真実を聞いたのが、ようやく今日だった。悪気が一切ないというのが、より一層タチが悪い。

「でも、いくらだってLINEとかできただろ……」

「それは……涼さんからの文章が、なんだか冷たかったから。手ぇ握ったりして、気持ち悪いと思われたのかな、って。ていうか、涼さんからLINEしてくれてもよかったんだよ?」

 ぐうの音も出なかった。確かに、先に連絡するのを控えたのは自分の方だった。

 顔を付き合わせて話し合えば、何のことはない。お互いに照れくさかったり、勘違いをしたりしていただけなのだ。

 香貴は涼の手を取った。アニメ映画の王子様が、お姫様をエスコートするときのように。彼は自分の手のひらの上に載った涼の手をしげしげと観察する。

 すべてを見透かすような香貴に、涼は視線を逸らしつつも、手はそのままだ。彼は目を細め、涼の指先にキスをする。柔らかな熱に、「ちょっ」と、小さく声を上げる。

「涼さんも、僕のこと、好きでしょう?」 

 気持ち悪い奴からのプレゼントなんて、使わないよね。

 指の先端から手のひら、手の甲にまで口づけられる。その間も彼は、涼から視線を外さない。急に舞台に上げられた気分になって、涼は降参した。

「そうだよ、好きだよ!」

 自棄を起こした怒鳴り声に、香貴は反発することなく、破顔した。

33話

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