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<5話
部屋は家政婦が来て、定期的に掃除をしているのだろう。この男に完璧な整理整頓は、無理だ。短い時間しか接していなくても、わかる。
涼を激昂させたのは、窓際に並んだ大小の植木鉢。並びは整然としているが、すべて枯れ果てており、支柱がむなしく突き立っている。まるで墓標だ。
「緑茶でいいですか?」
暢気に茶の準備をしている香貴の背中に呆れた目を向ける。台所仕事は、なんだか様になっていた。
やかんで湯を沸かす音がやけに耳につき、家の中が静かであることに、涼は気づいた。手持ち無沙汰にソファに座っていると、甲高い笛が鳴き、懐かしい気持ちになる。
「この家って、他に誰もいないのか?」
しっかりと最後まで抽出された茶の色はきれいな緑で、口をつける前にしばし眺めた。そういえば自宅でも、もっぱらティーバッグの茶しか飲んでいない。
「うん。じいちゃんは死んで、ばあちゃんは施設にいるから、僕ひとり」
両親の話をしないのは、そういうことなのだろう。家賃の安い古アパートも点在する商店街側には、片親世帯も多く、それぞれの家庭に事情がある。同世代の友人の中にも、苦労した子供時代を送った人間は多かった。
なので涼は、それ以上家族については聞かなかった。
茶を啜る香貴の横顔には、寂しさは宿っておらず、飄々としている。
「庭は、おじいさんかおばあさんの?」
「わかる?」
悪びれもしないところに、涼は幻滅した。いや、幻滅だと、まるで自分が、テレビの中の彼に夢を見ていたみたいじゃないか。鳥肌が立つ。
母に付き合わされて見る番組での香貴は、専門家の話を真摯に聞いている。適切なタイミングで絶妙な質問をする。初心者に寄り添ったその姿勢、植物を愛でるまなざしに、どうして嘘はないと思っていたのだろう。テレビ番組なんだから、台本だって演出だってあるに決まっている。
茶を飲みきった彼は、席を立った。窓辺に並んだ植物のミイラに触れた。きれいな横顔を茶請けに飲むお茶は、彼の名前のように香り高い。
「花、嫌いなのか?」
率直な疑問をぶつけると、香貴の指が枯れ葉を摘まんだ。機嫌を損ねたかと身構えるが、振り返った表情は穏やかだった。
「嫌いだったら、園芸番組なんて最初から断ってるよ」
手の中で潰れた葉を見つめる目は、テレビで見たのと同じだった。死んだ葉だけじゃなく、慈愛に満ちた目は、涼をも捉える。
「実は僕、花を育てる才能がまったくないんだ」
「は?」
世の中には、何も特別なことをしていないのに、なぜか育てた植物の育ちがいい……という特別な才能に恵まれた人間がいる。今日配達に行った家の女主人はまさしく、そうした「緑の指」の持ち主だ。
真逆の才(と言っていいのか)の持ち主がいてもおかしくはないが、ガーデニング趣味を持つに至ることは、少ないのではないだろうか。普通は、小学校の授業で育てたアサガオが、ひとりだけ咲かないだとか、悲しい経験を経て植物からは遠ざかる。
香貴は可哀想なことに、才能がないのに、花は好きだった。園芸番組のオファーも受け、その結果、若い女性だけではなく、マダムたちからも人気を博すことになった。
彼の自宅が草花墓場になっていることを知ったら、ファンの女性たちは悲鳴を上げて倒れるかもしれない。
「これも何かの縁だと思って」
「ん?」
それって、行き倒れたところを助けてもらった側のあんたが、言うセリフじゃなくね?
香貴の表情は、あどけない。大人びて見えても、そういえばこの男は、自分よりも年下であったことを、涼は不意に思い出したのだった。
>7話
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