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<7話
店に戻ると、母が香貴を待ち構えていた。彼の仕事との兼ね合いで、閉店後に出張をするはめになった息子については、「お疲れ様」の一言もない。
「いらっしゃい、香貴くん」
「お母さん、お邪魔します。これ、どうぞ」
眼鏡とマスクで簡単に変装しただけだが、彼は芸能人のオーラを自由自在に消すことができるらしい。商店街のケーキ屋に立ち寄ったが、まるでばれなかった。
「もう。そんなに気を遣わなくていいのに。晩ご飯の後に食べましょうね」
香貴に毎回ケーキや和菓子などの土産を買わせるのには、理由がある。そうでもしないと、彼はとんでもない物を謝礼代わりにぽんと寄越すのだ。
初回、花の苗を携えて彼の家を訪れた涼は、テーブルの上に放置された腕時計に気がついた。あまりに無造作に置いてあるので、普段使いのものかと一度スルーしかけたが、よくよく見れば、それは涼ですら名前を知っている超高級ブランドのものだった。
『おい。時計、盗まれても知らねぇぞ』
涼が悪人だったら、そっとポケットに入れている。
忠告に対し、香貴さらに驚きの一言を放った。
『僕、腕時計ってつけるとかゆくなっちゃうんで。そうだ、お礼に涼さんにあげます!』
きらびやかな時計を差し出され、慌てて拒否した涼だったが、その後も何かにつけて、香貴は高そうな品物をプレゼントしようとしてくる。香貴にはハイブランドの洋服、母には宝飾品の数々。貴金属は祖父母から受け継いだもので、洋服はファンからのプレゼントだという。
そんなもん気軽にほいほい寄越すな、もっとくれた人の気持ちを大切にしろ。
涼の説教も、いまいち香貴の心には響いていなかった。
『じいちゃんもばあちゃんも、好きな人にあげなさいってくれたものだし。ファンの人だって、いらなかったら売っていいって』
だからといって、誰でも彼でも気に入った人間だったらあげていいってもんじゃない。
祖父母は結婚を考えた相手に、というつもりだろうし、ファンの言葉は本心じゃない。そもそも、花の育て方を教える対価には高すぎる。
それに、高価な贈り物に苦言を呈さずに受け取るばかりの人間と、信頼関係が成立したことがあるか?
涼の指摘にちょっと考える素振りを見せた香貴だが、長年の習性はなかなか矯正できない。以降も思いつきであれこれ渡そうとしてくる。
やんわりとした拒絶の代わりに、食べ物を手土産にするように差し向けているのだ。それなら気兼ねなく受け取ることができるし、香貴とも一緒に食べられる。高価な物をもらうより、母も涼もよほど嬉しい。
「今日はカレイを煮つけたんだけど、煮魚は大丈夫?」
「嫌いな物とかないんで! 楽しみです!」
シュークリームを冷蔵庫に入れた母と香貴は、本当の親子以上に仲良くはしゃいでいる。
彼らを微笑ましく思いつつ、涼は母の代わりに白飯を茶碗によそった。
>9話
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