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<8話
母と相談した結果、まずは切り花を飾るところから始めたらどうか、という話になった。
確かに、いちから育てるよりもハードルが低いし、早晩必ず枯れることはわかっているから、心的ダメージも小さい。切り花を長持ちさせる方法を実践して、一週間ほどきれいな状態を愛でることができれば、成功の一歩と言える。
早速二人で店に出た。まだ寿命が残っている花は、ストッカーと呼ばれる専用の冷蔵庫に保管してあった。
季節柄、花を買いたくなる人が多く、日和もよかったので、めぼしいものはあまり残っていない。
「どれにする? 俺でよければ花束にするけど」
取り出した花を眺める香貴の目は、らんらんと輝いている。彼はバラの花を選ぶと、満面の笑みで涼に差し出す。
春はやはり、淡い色の方が好まれるようで、売れ残ったのはビロードのような手触りの、濃い紅色の花ばかりだった。毒気のない笑顔の香貴とは対照的で、有り体に言ってしまえば、似合わない。
涼は彼の手から花を受け取り、こちらも少し残っていたかすみ草と組み合わせる。ちゃちゃっと手早くまとめ、紙で巻く。映画やドラマのクランクアップでもらう花束には劣るが、香貴は嬉しそうである。
「これは延命剤。十倍に薄めて、花瓶の水に入れる。そしたら、水は頻繁に替えなくていい」
液体肥料と殺菌成分が含まれている小袋を、セロテープで止めた。雑菌の繁殖が抑えられるので、頻繁な水の交換は逆効果だ。
「家に帰ったら、まずはバケツに水を用意して、その中で茎を切る。こう斜めに……うん、こんくらい。その後、できれば毎日、一センチくらい切っていくと、だいたい一週間は保つ」
涼は指で下から三センチくらいを示した。水の吸い上げをよくするために、必ず行う水揚げという作業である。もちろん、市場から買い上げた時点で行っているのだが、花を長く楽しみたいのなら、購入後すぐに行うべきだ。
「香貴?」
うんともすんとも言わないのを不思議に思って、花から目を上げて彼を見る。真剣な目で茎を見つめていた香貴は、涼の視線にはっとした。
「あ、うん。わかった」
本当に?
イマイチ信用できないが、愛しげにバラを見つめる香貴に、涼は何も言えなかった。
>10話
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