恋愛詐欺師は愛を知らない(16)

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15話

 薫は仁から、過去公演の台本を借りた。台詞を覚えるのではなく、人物の掘り下げを深いものにしようと思ってのことである。

 セリフとト書きは、点だ。言葉や行動に至る理由、心の動きで、点同士を繋いでいく。すると、一本の線を描くことになる。

 無数の線が、複雑に絡み合い、縦横無尽に伸びて、初めて人生が見えてくる。

 人生の糸を編むのは、簡単なことではない。試行錯誤を繰り返した。時には実際に演じた役者に話を聞いたり、仁に尋ねたりもした。

 仁は、薫に対して明確な答えを教えてはくれなかった。かといって、自分で考えろ、と突き放すわけでもない。

「俺が書いたものだけがすべてじゃない。全部が全部、演出家の指示に従うんじゃ、そいつは生きられない。俺たちは全員で、人間を生み出して、板に乗せるんだ」

 一人で作品を作ることはできない。積極的に薫は、先輩たちと議論し、日々の生活でも様々なことを感じ取ろうと、感覚を研ぎ澄まして過ごした。

 そして七月に入り、最初の稽古の日。仁は劇団員たちを集めて、クリップで止められただけの、コピー用紙の束を渡した。

 出来立てほやほやの台本だ。団員たちは興奮した様子でページを捲っている。勿論薫もだ。在学生ではないので、舞台に立つことはないが、新しい台本はわくわくする。

 だが、戯曲のタイトルを見た瞬間、薫の手はぴたりと止まった。『新月荒野』の作品としては、コメディに仕上がっていて、異色だ。そんな声が上がっている中、薫は顔を上げ、仁を見つめた。

 彼は薫の視線には気づかないフリで、手を叩いて注目を集めた。

「急なんだが、八月十八日から三日間公演を打つ」

 あと一か月半しかない。しん、と静まり返った。仁は団員たちを見回して、大きく頷いた。

 大学内には『新月荒野』の他にも、多数の演劇サークルが存在し、彼らの多くが利用するのがキャンパス内にあるホールだ。

 当然、演劇公演だけではなく音楽系サークルも利用を希望するので、抽選は厳しい。

 そのため、ファンが多く、チケットの売れ行きも好調な『新月荒野』は、外部の劇場に活動拠点を移していた。薫が顔を出すようになってからは、一度も大学ホールで公演を行っていない。

 夏休み中に公演を行う予定だった他団体の脚本家が、この土壇場になって逃げだした。もうすぐ本はできる、とずっとはぐらかしていたそうだが、劇団員たちが調べたところ、一ミリもできていなかったのである。

 もう、公演は打てない。パニックになった彼らに声をかけたのが、仁だった。

「レンタル料が全部無駄になるのは、向こうも大変だろうし、交渉したんだ。急なことだけど、どうしてもやりたい話があったからさ」

 よく見ると、仁の目の下は濃い隈ができていて、徹夜で脚本を書きあげたのがわかる。

「舞台装置は最低限、衣装も手持ちの物や、市販の物で間に合わせる。みんな、やってくれるか?」

 予定では、年末に劇場を押さえ、そちらの台本を仁は徐々に練り上げている最中だった。地道な基礎練習も大切だが、やはり演劇の醍醐味は、本公演。当然、「やる」の一択であった。

 盛り上がっている面々に、仁は「ありがとう」と言い、それから配役を述べ始めた。

 自分は関係ないと思っていた薫は、台本を読み始めた。どうしてもやりたい話というが、 どうして彼が、この話を。

「……薫」

 悶々と考えていた薫の意識を引き戻したのは、仁の声だった。ふと顔を上げれば、仁だけではなく、皆が薫を注視していた。思わず身構えると、仁は笑った。

「薫、喜べ。板の上に載せてやる」

「え……ほ、ほんと、ですかっ?」

 正式な劇団員ではないので、大抜擢である。

 話を聞いてみれば、薫の役どころは、ラストシーンにで一人芝居をするという、責任重大なものだった。

 そんな大役を自分がもらっていいのか、と不安になった薫だったが、温かい目で皆に見守られて、大きく頷いた。

 解散を命じられても、薫は地べたに座り込んで、台本を読んでいた。読めば読むほど、この物語を仁が書きあげたことが、不思議だった。これを書けるのは、この世にたった一人のはずなのに。

 しかもラストのシーンに差し掛かったところで、薫は続きが書かれていないことに気がついた。落丁だろうか、と仁に声をかけると、彼は首を横に振った。

 それから面白そうに、こう言った。

「フィクションでもリアルでも、恋が成就するのが、一番だろ?」

 と。

17話

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