恋愛詐欺師は愛を知らない(2)

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 事の発端は、姉の静によってもたらされた。早すぎる春休みに入った彼女は帰宅後、なぜか自室ではなく、まっすぐ薫の部屋にやってきた。

 静は持っていたハンドバッグを、無言でぶん投げた。正確無比なコントロールで、ベッドに寝転んでいた弟の脳天を直撃した。

「いっ……てぇえ」

 女子の鞄はサイズの割に重い。ゴツン、とすごい音がした。頭を撫で擦りながら、半泣きの状態で、薫は姉へと抗議をする。

「馬鹿になったらどうすんだよ!」

 悲しいかな、姉という存在に弟は勝てないものだ。いくら彼女より背が高くなっても、体格がよくなっても……そもそも薫はそこまで男らしく育っていないが。

 姉は「はんっ!」と思いきり鼻で笑って腕を組み、仁王立ちになる。

「これ以上馬鹿にならないでしょ。春から受験生だってのに、漫画ばっかり読んでるんだから」

 薫はそこそこの偏差値の大学の附属高校に通っているため、厳密には受験生にすらならない。人気学部に行くのならば成績が物を言うが、薫が志望している文学部はそれほどでもない。担任にも、定期テストでしくじらなければ大丈夫だ、と太鼓判を押されている。

 そうした薫の甘えが、一般入試で一流私立大学に現役合格した静には、怠惰に見えるらしい。薫だって、定期テスト前にはしっかりと勉強しているのだが、そういう姿は評価してもらえない。

「で? 姉ちゃん、どうしたのさ。今日は食事会だって言ってなかった? なんで俺の部屋来てんの?」

「そう! それよそれ!」

 姉はやつあたりの理由を話し始めた。

「ただの食事って言って連れてかれたのに、合コンだったのよ! 合コン! 騙された!」

「……はぁ」

 一般的な女子大生であれば、出会いの場として合コンに参加するのは普通のことだし、何なら積極的に顔を出す人間もいるだろう。しかし、静はそうした集いを蛇蝎のごとく嫌っている。

 それには薫たちの生まれた、椿山つばきやま家の特殊な事情というものが関係している。

 首都圏の人間であれば、必ず一度は目にしたことがある、椿の花が描かれた看板。それが老舗百貨店の山越屋やまこしやだ。その店を代々受け継ぎ、発展させてきたのが椿山家だった。

 ウェブで検索すれば一発で、静や薫が山越屋の経営者一族であることはわかる。だが、外部にはあまり知られていないが、椿山家は代々、女系相続を行っているのだ。

 今は母親が代表取締役を務めており、いずれは姉が跡を継ぐ。結婚もまた、静の自由にはならないだろう。将来的には、無欲で有能な男を探して、婿養子に迎えることになる。

 それはそれで構わない、と静は言う。今年の九月には留学をする予定だ。それが最後の自由だと割り切っている。

 だからこそ、私利私欲で寄ってくる無能な男たちのいる場所は無益だと静は判断する。さらに、合コン会場に連れ出しては、「この子世間知らずのお嬢様で~」と珍獣扱いをしてくる女たちも、大嫌いなのである。

「でも姉ちゃん、いっつも猫被ってやり過ごしてんじゃん。スマホも持ってないですぅ、って顔で笑ってるんだろ?」

 そうした扱いをされるのは、おっとりとした美人令嬢を装っている静にも原因があるのでは、ということを、薫が遠回しに伝えると、静は長い溜息をついた。

 眉間にくっきりと残ってしまった皺を、人差し指で解しながら、話を続ける。

「……それで通用しない男がね、いたのよ……」

 大抵の男は、静の被る巨大な猫に騙され、あまりの浮世離れしたご令嬢っぷりに、「この女は自分ごときでは太刀打ちできない」と自ら身を引いていく。

 だから今日も、彼女はにっこり笑って、「ごめんなさい。私、そういうのわからないんです」と柔らかいが鉄壁のバリアを張っていたのだが、稀にするすると入り込んでくる男がいる。

>>3話

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