恋愛詐欺師は愛を知らない(25)

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24話

 八月の最終日曜日、薫がもうすぐ学校が始まる、と溜息をつくと、遼佑は勝ち誇ったように、「大学生だから俺、まだ一か月夏休み~」と言った。

 腹が立って、軽く小突いたら、三倍くらいの力でやり返された。遼佑に純粋な力で勝とうと思ったのが、間違いだった。

 突かれた胸を押さえながら、電車を降りる。目に見えてそわそわし始め、不安げに改札口を見つめている遼佑の手を、薫は誰にもばれないように、そっと握りしめた。

「大丈夫だって。俺がついてるよ」

 遼佑はぱちぱちと目を瞬かせて、小さく頷いた。

 さすがに歩きながら手を繋いでいるわけにもいかないので、二人並んで、出発ロビーへと歩みを進める。

 すでに連絡をしてあったため、彼女は二人連れだっての登場に驚くことなく、文庫本から顔を上げた。

「見送りなんて、本当にいらなかったのに」

 九月からアメリカの大学に留学する姉・静は、イメージを裏切らない清楚な微笑みを遼佑に向けた。

 薫は彼の反応が気になって仕方がなかった。元々姉の格好をした薫に惚れたような男だ。やっぱり静がいい、と言い出すかもしれない。 

 遼佑だったら、静が本性を露わにしても、気に入るのではないだろうか。薫に惚れたような男だ。自我のはっきりした女に、惹かれるのだろう。

 だが、薫の不安は、杞憂に終わった。遼佑の目には、恋愛感情など一ミリも浮かんでいない。彼は大きく深呼吸すると、彼女に頭を下げた。

「申し訳、ありませんでした」

 すでに関係を終えた女たち一人一人に対して、謝罪行脚をするのは、現実的ではない。誰も望んでいないだろうし、困惑されるだけだろう。

 それでも今後は誠実に、薫と付き合いたい。だからすべてを、清算したい。遼佑はそう言って、静に対して今までの悪行を詫びると、言い出したのだ。

「女はみんな、馬鹿だと思ってた。ちょっと甘い台詞を吐けば、ほいほい金を出してくれて、ちょろいなって。どうせ、俺の顔がいいからアクセサリーとして連れ歩くには、ちょうどいいんだろって」

 静は、怖い顔をしながら黙って遼佑の話を聞いていた。そっと薫は、視線を逸らす。確実に怒っている。弟ゆえに、その恐ろしさがわかってしまう。

「でもそうじゃないって教えてくれたんだ。君と、薫が。もう、俺が騙してきた人たちに会うことはないけど、君に代表して、謝っておきたかったんだ。本当に、ごめんなさい」

 深々と謝罪する遼佑とともに、薫も頭を下げた。

「あのさ、姉ちゃん。遼佑は悪いことしてきたかもしんないけど、もう十分、罰は受けたと思うんだ……だから」

「顔をお上げなさい」

 静は弟の言葉を遮って、遼佑に命じた。初対面のときとはまったく違う、女王様じみた語調に、遼佑は戸惑っているらしいが、これが静の素である。

 ぐずぐずしている遼佑に、業を煮やしたのか、静は遼佑の顎を人差し指ですくって、無理矢理顔を上げさせた。観察するような目つきで、じろじろと遼佑のことを見る。

 遼佑の恋人としては面白くなくて、薫は「ちょっと、姉ちゃん!」と声をかけたが、やはり無視される。

 何が起こっているのかわからない、という顔の遼佑はもとより無抵抗で、静はようやく観察を終えて、彼から手を離した。

「……ほんっとあんた、顔だけはいいのよね!」

 慌てたのは薫だった。顔に関するワードは、遼佑の地雷だ。

「姉ちゃん! それは……」

 遼佑はしかし、薫とは逆に冷静だった。ありがとう、謙遜することなく、事実として静の評を受け取った。

「ま、本当に真人間になるんだったら、いいわ」

「姉ちゃん……大丈夫だよ」

 遼佑の隣には自分がいる、と、薫は彼の指をそっと握った。一瞬驚いて、引こうとした遼佑だったが、薫の顔を見て、おとなしくなった。

「ふーん?」

 にやにやしている静だったが、遼佑を攻撃しようという意図は感じられなかった。二十センチばかり高いところにある遼佑の顔を引き寄せ、静は一瞬だけ、唇を触れ合わせた。

 唖然としている二人をよそに、彼女は艶やかな笑みを浮かべ、とんでもない爆弾発言をかます。

「もしも子供が欲しくなったら、言いなさい。体外受精で私が、あんたの子供、産んでやってもいいわ。きっと、ものすごい可愛い、薫にも似た子が生まれるわよ。あ、でも頭の中身があんたに似たら、残念ね?」

「姉ちゃん!」

 ようやく気を取り直した薫が叫ぶと、「あら、本気よ?」と静は、自分の思い通りにならない物などない、という傲慢な笑みを浮かべた。

 そう、彼女は「やる」と言ったら「やる」のだ。

 静は時計を見る。

「そろそろ時間だわ。じゃあね」

 ひらひらと手を振り、大きなスーツケースを引きずって、保安検査場へと向かった。

 嵐のように去っていった姉を見送って、しばらく脱力し、何も言えなかった薫だったが、遼佑に、「……帰ろ」と言われて、へらりと笑って頷いた。

 空港なんて滅多に来る場所でもないから、昼でも食べていこうか? と先導する遼佑に、薫は、

「ごめんな。姉ちゃんが」

 と呟いた。存外暗い声が出て自分でも驚くほどだった。遼佑は振り返って、目を瞬かせた。

「姉ちゃん、遼佑の顔についてあれこれうるさくて」

「あぁ」

 別に平気だ、と彼は薫の頭を撫でた。子供扱いされるのは、実はそんなに嫌なことじゃない。大きな掌が気持ちよくて、薫は目を細めて受け入れた。

「いいんだ。気にしてないから。それに」

「それに?」

 遼佑は屈んで、薫に微笑みかけた。

「お前が俺に、教えてくれただろ。俺の価値は、顔だけじゃないって」

 無理のない、自然な遼佑の表情に、薫は大きく頷いた。

 きっと今後も、彼は自分自身の価値に思い悩むだろう。積年の習性は、そう変えられるものではない。でも、どんなときだって、薫は自信をもって、遼佑に愛を囁く。

 遼佑が遼佑である限り、愛し続けよう。

 薫は遼佑の手を引いて、歩き始めた。

(終)

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