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<10話
その後、焼き小籠包で口内を火傷するというアクシデントにも見舞われつつ、中華街を満喫した二人は、腹ごなしに山下公園を経由して、みなとみらい方面へと向かっていた。
遠くからでも目立つ、巨大な観覧車を目印に歩いていると、和嵩が「観覧車に乗るのって、すごくデートっぽくない?」と言い出した。
内心、冷や汗をかきながらも、圭一郎に拒否権はない。デートの練習なのだから、弟の提案はなるべく叶えてやるべきだ。
若干歩みが遅くなりつつも、小さな遊園地に到着してしまう。橋を渡れば、目当ての観覧車までは、すぐそこだった。近くで見ると、余計に大きい。圭一郎はなるべく中心のデジタル時計だけを見るようにした。
「せっかくだから俺、シースルーゴンドラに乗りたいな」
「シースルー……?」
なんだその恐ろしい響きは。
流れるようにシースルーゴンドラに乗るための列に誘導される。圭一郎は「ほら、あれ」と和嵩が指したゴンドラを見て、気が遠くなりかけた。
シースルーの名にふさわしく、全面透明だ。当然のように床も、下界がよく見えるようになっている、恐ろしい乗り物である。
「四つしかないから、結構並ぶね」
コスモワールドも久しぶりに来たよね、と笑う和嵩に、圭一郎はぎこちない笑みを浮かべた。普段はお喋りな性質の圭一郎が沈黙していることについて、弟は口の中の火傷が痛いのだろうと判断し、気にした様子もない。観覧車に乗るのが楽しみで仕方がないという顔で話しかけてくるものだから、いよいよ嫌だとは言えない。
せめて普通のゴンドラなら……。
心の準備ができないうちに、とうとう順番が来てしまった。フレームだけ異様に目立つゴンドラは、圭一郎の目には恐ろしいガイコツに等しく映る。
先に乗るように促されて右手側に座り、続けて和嵩が向かいに座る。行ってらっしゃーい、と笑顔の係員に見送られてすぐに、乗る側を間違えたことを悟った。
時計回りにゆっくりと上がっていくので、圭一郎の位置からは、他のゴンドラによって視界を遮られることがない。ゆっくりと港や街並みが、小さくなっていく。これなら逆側に乗った方が、いくらかマシだった。他のゴンドラや、観覧車の骨で遮られるから。
しかも、通常のものと異なり、床を睨みつけても逆効果。乗ってみて初めて気づいたが、椅子まで透明になっている完璧さである。
なるべく景色を視界に入れないようにするには、弟の顔を凝視するしかなかった。圭一郎とは対照的に、サングラスを外した状態で、「うちはあっちの方かな?」などと言いながら、楽しそうにしている横顔は整って美しい。しかし弟の顔面だけで、地上に戻るまでの約十五分、正気を保っていられるだろうか。
兄の威厳を賭けて、弟には悟られないように唇だけは笑みの形に固め、目は笑っているかのごとく細める。幸い、和嵩は兄のおかしな様子に気づいていないようだ。
>12話
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