可愛い義弟には恋をさせよ(16)

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15話

「……いいムードになってきたら、肩を抱いて引き寄せて」

 言いながら、実践する。和嵩は素直に、圭一郎に身を寄せた。

「ほっぺたとか触って、顎をこんな感じにして……」

 すべすべと滑らかだが、肉の硬さは幼子とは違う。和嵩が大人の男であることを思い知らされる。じっと兄の挙動を見つめ、インプットに努めていた和嵩も、さすがに空気を読んで、目を閉じた。キスをするとき、一般的には目を閉じるものだということは、知っているようだ。

 圭一郎は、和嵩の顎を指で掬い上げて、唇を近づける。このまま触れ合わせれば、キスになる。ギリギリのところを見極める。吐息がかかるくらいの位置で、リップ音を鳴らす。ぱっと手を離して、これでおしまい! を主張する。

「こんな感じでキスすれば、オッケー」

 殊更に明るく言う圭一郎に対して、目を開けた和嵩の顔には、わかりやすく不満が浮かんでいる。

「……なんでしないの?」

「いやいやいやいや、できるわけねぇだろ」

 弟のファーストキスを練習という名目で奪うなんてこと。そもそもお前、好きな相手がいるだろうが。初めては全部、その男に捧げたいんじゃないのか。

 見知らぬ男のことを想像して、圭一郎は面白くない気持ちが胸に広がっていくのを感じながらも、弟のためを思って、顔には出さなかった。

「ちっちゃい頃は、あんなにちゅーしたのに」

 ジト目でそう言われると、分が悪いのは圭一郎だ。何せ、和嵩が小学校高学年に上がるまで、「外国では挨拶はキスだ! 男同士でもする!」と主張して、そのやわらかほっぺに毎朝毎晩キスの嵐を送っていたのは、圭一郎である。

 それなのに今更、「キスはできない」というのはおかしいんじゃないか、というのが和嵩の主張である。

「それに、兄弟のキスは、ノーカウントなんじゃないの?」

 あくまでもキスは練習だ。やましい気持ちがあってしているわけではない。本番と同じようにやらない練習には、意味がない。

 和嵩は理路整然としていた。うっかり反論もせずに、頷いて聞き入ってしまう。逃げ場を失ったことに圭一郎が気づいたときには、もはや手遅れであった。

 圭一郎の手首をきっちりと捕らえ、引っ張り懇願する和嵩の仕草や顔には、幼い頃の面影がある。わがまま全部を許し、お願いを何でも聞いてしまいたくなる。天使の笑顔で小悪魔のようなおねだりをしてくる、タチの悪い弟。

 圭一郎は諦めた。「後で奪われた! って言い出すのはナシだからな!」と念を押したうえで、仕切り直しである。

 目を閉じた和嵩に対し、圭一郎は目を開けたまま。歯をぶつけるなどという童貞あるあるな失敗をするわけにはいかないからだ。

 いや、無論圭一郎は童貞ではないが。しかし焦りは、初体験のときと近い。

 男とは思えないほど長い睫毛に誘われながら、圭一郎は音もなく、和嵩の美しい顔に近づいていく。さっきはここで止めた。あと一歩進めば、今度こそキスになる。

 一瞬の躊躇の間に、和嵩がうっすらと唇を開く。口の中の粘膜と舌は、身体の外側とは違い、剥き出しの肉感がある。カッと胸の奥に火が灯り、圭一郎は唇を押し当てた。

 柔らかく、触れているだけで気持ちイイ。先程見せつけられた口中に入り込めば、どれほどの快楽が得られるのか。そんな邪な考えを、圭一郎はなんとか頭から追い出した。十秒間という、触れるだけにしては長すぎるキスを終えて、唇を離す。

「まぁ、こんなもんだ」

 目を開いても、ぼーっとキスの余韻に浸っている和嵩に、二度目のキスをしたい衝動に駆られながらも、圭一郎はぐっと我慢して、格好つけた。

 割とすぐに現実世界に戻ってきた和嵩は、「ありがとう」と微笑を浮かべる。兄の威厳を保ちながら、弟も納得できるキスができた……胸を撫でおろした圭一郎だったが、

「じゃあ今度からは、キスの練習にしないとね」

 などと和嵩が言うものだから、面食らってしまった。

「え? 一回だけじゃなかったのかっ?」

 ひっくり返った声で聞いた圭一郎に、和嵩は「何言ってるの」と呆れた溜息をついた。

「一回だけなんて、一言も言ってないし。俺がキスをする練習をしないと、意味ないじゃない」

「ひぇ……」

 どうやら圭一郎のリップケアは、今しばらく続くらしかった。

17話

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