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<18話
黒崎はしっかり夕飯まで天野家で食べてから、去っていった。家族全員がお喋りで、つい聞き役に徹してしまうタイプの和嵩にも、黒崎は上手に話を振って、場を盛り上げた。
母は「また来てね」と割と本気で言っていたし、「近いうちに!」と応えた黒崎もまた、本気であろう。
楽しかったけれど、少し疲れた。さぁ寝るか、というところでドアがノックされる。この時間にやってくる相手は、一人しかいない。口の中が急に渇いた気がして、圭一郎は唾液を無理矢理飲み込んだ。
「兄ちゃん」
「……どーぞ」
案の定、和嵩である。寝巻姿で現れた弟のことを、圭一郎はなぜか直視できずに、スマートフォンでメールの確認をしているフリをした。
こういうとき、夢中になれるゲームアプリのひとつでもあれば、いくらでもごまかしがきいたのに。あいにく圭一郎は、ゲームをやらない。それを弟も知っている。メールチェックをいつまでも続けているのは、不自然だ。諦めて顔を上げる。
和嵩は、相変わらず読みにくい表情をしている。圭一郎の後に風呂に入っていたのか、髪の毛の先は濡れたままで雫が落ちそうになっているし、頬はじんわりと内側から赤い。
和嵩は、圭一郎の隣に腰を下ろした。そわそわと何か言いたそうにしている。彼が自分から話し出すのを、素知らぬ顔をしたままで待つ。
「その……黒崎さんのことなんだけど、兄ちゃん、どう思った?」
「どうって」
一度口を噤む。弟の目が、何らかの期待と不安を孕んでいるのがわかる。
自分の好きな人を、肉親からどうジャッジされるのかが気になっている様子に、胸の奥にずしん、と重石が載せられた感覚がした。
黒崎の印象はよかった。明るくて、話し上手だ。ただ、弟の恋人候補を手放しに褒めることができるほど、圭一郎は人間ができていない。
「あ~、まぁ、いい奴なんじゃない? 途中歌ったりして、ちょっとうるさかったけど」
夕飯後の団欒を回想して言った。歌自体は上手だったが、マイナス評価をつけた。しかし和嵩は前半の評しか聞いていないのか、あからさまにほっとしたた微笑を浮かべている。
さらに石を飲まされたような気になって、圭一郎はそれ以上、自分から喋ることをしない。面白くない。なるべく顔に出さないように気をつけたが、ふてくされてしまう。
「兄ちゃん」
妙に掠れた声で呼ばれるとともに、肩に手を置かれた。体重をかけられ、思わず「なんだよ」と振り向いた次の瞬間、唇を奪われた。
ああ、こんなときにまで……俺に好きな人を紹介した日にまで、キスの練習をするのか、お前は。
圭一郎の心に広がっていく落胆に、和嵩は気がつかない。閉ざしたままの唇に、ちゅ、ちゅ、と吸いつかれていても、圭一郎は決して、瞳を閉じなかった。目を伏せたことによって、和嵩の長い睫毛がより目立つ。こんな顔で、近い将来、黒崎にもキスをするのだろう。
>20話
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