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＜20話
「あ。データ消えてる……」
昨日確かに入力したはずのデータが、パソコンの中からきれいさっぱり消滅していることに気づき、圭一郎は青ざめた。なるべく家に帰る時間を遅くするために、したくもない残業をしてまで作っていた会議資料が、ごっそりと消えている。
大きく溜息をつき、肩を落としながら、圭一郎は再び、データ入力を始めた。会議自体は来週半ばの予定なので、余裕はあるにしても、労働を無にしたことにかわりはない。保存ボタンを押さなかった自分が悪いのだが、八つ当たりしたい気持ちになる。
ディープキス事件からかれこれ五日経つが、いまだ圭一郎は、和嵩と仲直りするきっかけを掴めていない。
年が離れているだけじゃなく、血の繋がりすらない。和嵩は幼い頃から分別のあるいい子だったし、わがままを言ったときも、たまのことだから、無条件で受け入れていた。残念ながら圭一郎は、弟を甘やかすことしか知らない。
でも、血が繋がっていたら、ここまで和嵩のことを愛することができただろうか。背が高くて顔がよくて、性格も素直だ。
すべてが平均点程度の圭一郎は、弟に対して、コンプレックスを抱いたに違いない。しかも、七つ年下ということもあって、屈折した感情を表に出すこともできずに、弟を遠ざけたはずだ。
あたりさわりのないことしか話さない、距離の遠い兄弟関係であれば、恋の練習台になろうなど、言い出すこともなかった。
気を抜くと、ここ最近の楽しかった時間を思い出す。初めてのデートに選んだ中華街のこと。お互いに見たい映画が違って、じゃんけんで決めたこと。湘南方面にドライブデートに出かけたときは、「兄ちゃん、あんまり車の運転好きじゃないでしょ」と見破られた。大人のデートを経験させてやろうと無理をしたので、少し恥ずかしかった。
そして、家の中での不意打ちのキス……。
和嵩の口づけのことを考えると、唇に触れる指や舌がリアルに蘇ってきて、圭一郎は下唇を噛み締めた。
和嵩は強引だった。拒んでも、歯列を割って押し入ってきた。自分の中に他人の一部が入り込んでいることに、恐怖すら覚えた。
＞22話
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