可愛い義弟には恋をさせよ(29)

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28話

 好きな人? そんな馬鹿なこと、あるか。

 だって和嵩は、「男」で「弟」だから。恋をすることなんて、ありえない……そう思っていた。

 けれど、振り返ってみれば、自分の胸の高鳴りは兄弟愛の一言で片づけられる代物ではない。

 デートの度に「あそこに行こう」「あれを食べよう」と、行く前から楽しかったこと。キスの練習は複雑な気持ちだった……他に好きな人がいるくせに。そして深いキスをされて怒りを覚えたのも。

 和嵩がゲイだと知り、一つ目の枷は外れた。強固な「弟」という縛りをどう扱うべきか。

 わからないままに圭一郎は家までの道を走り抜けた。自覚しつつある気持ちは、暴発寸前に膨れ上がっている。とにかく早く、和嵩に会いたかった。

「ただいまっ……!」

 両親は仲良く買い物に出ているため、在宅しているのは和嵩だけのはずだ。しかし、玄関には家族の誰も履かない男物のブーツが一足。持ち主の顔がすぐに思い浮かんで、圭一郎は慌ただしく靴を脱ぐと、階段を駆け上がった。

 黒崎がただ遊びに来ただけならばいいが……なんとなく、嫌な予感がした。

 和嵩の部屋の扉を開けようとした直前、「ちょっと! やめてくださいよ!」という弟の声が聞こえた。普段大人しい和嵩の切羽詰まった声に、最悪の展開がいくつも脳裏に浮かんだ。

 許さん! と、扉を開けると、案の定黒崎が、弟に迫っている。

 向かい合った状態で、黒崎は和嵩の頬に触れ、至近距離から顔を覗き込んでいた。和嵩は嫌そうな表情で、上半身を仰け反らせて、魔の手から逃れようとしている。闖入者に気づくと、黒崎は悪びれる風もなく、フレンドリーに話しかけてくる。

「あ、お兄さん。どうもお邪魔してま……」

 皆まで言わせず、圭一郎は弟を襲う不届き者を殴った。問答無用で拳を繰り出しながら、「俺の和嵩に、手を出すな!」と、怒鳴り声を上げる。呆然と頬を押さえる黒崎を無視して、圭一郎は和嵩の身体検査を行う。

 傷なし、服装の乱れなし、涙なし! 

「兄ちゃ……」

「和嵩! こんな奴と付き合うくらいなら、俺にしろ!」

 興奮のまま口走った言葉が、告白になってしまったことに、圭一郎はすぐに気づけなかった。相手の意志を無視して行為を進めようとする男なんて、最低最悪、和嵩にふさわしくない。

 罵詈雑言を浴びせるつもりで振り返った黒崎が、腫れた頬を撫で摩りながらも、ニヤニヤと生温い笑みを浮かべているのを見て、圭一郎はようやく、自身のセリフを思い出した。

 顔が燃えるように熱い。最初、自身の言葉をどうにかごまかそうとした圭一郎だったが、自分に負けず劣らず赤い顔を見て、何も言えなくなった。

「いやあ、殴られた甲斐があったよ、オショーくん」

「黒崎さん、ほんと、うちの兄がすいません……」

「和嵩! お前が謝る必要なんて!」

 兄ちゃんは黙ってて、ときつく睨まれて、圭一郎は即座に大人しくなる。和嵩は黒崎に土下座して、「このお詫びはワルプルギスオンラインで……」と、謎の交渉をしている。黙らされた圭一郎は面白くなくて、唇を尖らせた。

「お兄さん、大丈夫ですよ。僕はオショーくんの恋人にはなりません」

「……じゃあ、さっきは何してたんだよ」

「僕のやってるビジュアル系バンドに勧誘をしていただけです」

 斜め上の回答に、圭一郎はぽかんと口を開けた。

 黒崎がバー務めをしながら、ビジュアル系バンドを組んでいるという情報は、初耳だった。どうりで歌が上手いわけである。

 オショーくんは素顔もきれいだけど、化粧映えしそうだなあと思って、顔を触らせてもらってただけなんですよ~、と、黒崎はにこにこ笑顔である。

 話がここに来て、圭一郎は和嵩の横にすすす、と音もたてずに正座して「勘違いでぶん殴って、すいませんでした……!」と全力の土下座を決めた。

 人間が出来すぎている黒崎は、鷹揚に笑う。

「いえいえ。自分から当て馬を買って出たもんですから、このくらいは覚悟のうえですよー。あとはちょっと、オショーくんがメイクして、ステージに出てくれたら……」

 ねー、と和嵩の同意を得ようとした黒崎は、「もう帰って!」と怒られても、ちっとも悪びれることなく、両手を挙げた。

30話

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