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<30話
「キスも許してくれたから、あと一歩。そう思って、黒崎さんに来てもらったんだ」
言葉で抵抗しても、本気でキスを嫌がることはない。兄もまた、自分のことを意識している。
確信した和嵩は、圭一郎にさらなる自覚を促すために、あえてイケメンの黒崎を自宅に招いた。圭一郎は友好的に振る舞っていたつもりだったが、嫉妬は和嵩に伝わっていた。
これはいける!
そう思った和嵩は、その夜のディープキス事件を引き起こすに至った。
「兄ちゃんが嫌なら、俺は一生、弟でいる。この好きって気持ちを忘れて生きていく」
でも、もしも。
和嵩が圭一郎の手を握った。
「もしも、受け入れてくれるなら……俺は兄ちゃんのこと、兄ちゃんとしても、恋人としても、ずっと愛し続けるよ」
握ったままの圭一郎の手を、和嵩は自分の唇を掠めて、頬に触れさせる。そこから伝わってくる熱に、圭一郎の中の「兄弟」という鎖が、次第に緩んでいく。
目の前の美しい男は、圭一郎が守らなければならなかった、か弱い存在ではない。人見知りは治っていない節はあるものの、大学の付き合いも普通にこなしているし、黒崎というよい友人にも恵まれている。無理してジェットコースターや観覧車に乗ったときのような虚勢など、必要ない。
血の繋がりは、もともとない。兄弟で恋に落ちるという禁忌を犯すわけではない。ほんのちょっとだけ、歩み寄ればいいだけ。
それだけなのに、圭一郎は自分から、和嵩のことを「愛している」と口にすることが、まだできない。
圭一郎の葛藤を、和嵩は正確に把握している。ぐっと手を引かれると、圭一郎の身体は抵抗なく、ぽすんと和嵩の腕に収まる。
「じゃあ聞き方、変えるね」
「ん?」
彼の指が首筋を辿り、頬を掠め、親指が圭一郎の唇を押す。
「キスの先、俺としてくれる?」
それでも圭一郎は、返事ができなかった。和嵩は呆れたり、引いたりしない。押せば圭一郎がなびくことを知っているから、諦めない。
「嫌だったら、あのときみたいに抵抗して」
そう言って、降ってくる唇。戯れに触れるキスではない。和嵩の薄い唇が、肉厚な圭一郎の唇を食む。くすぐったさに開いた口の中、舌が入ってくるのを、圭一郎は止めなかった。あの日と違って、恋人のキスを受け入れた。
「覚悟して」
圭一郎は、そこで初めて頷き、肯定した。
>32話
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