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<3話
なんと声をかければいいかわからなかったため、しばらく沈黙が続いていた。
口を開いたのは、和嵩だった。無精で伸ばしっぱなしの長い前髪は、形のよいアーモンド型の目を完全に隠していて、表情は見えない。声の調子は淡々としていて、泣いてはいないことを、圭一郎は注意深く確認した。
なぜか正座した状態で、自分が物心ついたときからゲイであるということを告白した和嵩に、ベッドに座ったままの圭一郎は、何も言うことができない。
最終的には、「とりあえず、足崩したら……?」と、何の脈絡もないことを言った。
「和嵩、悪いこと何にもしてないじゃん。つか、勝手に弟の部屋に入って家探しした俺のが悪い! ごめん!」
改めて振り返ってみれば、悪いのは明らかに圭一郎である。和嵩は絶対に、圭一郎がいないときに部屋に無断で入ることはしないし、家探しのような真似もしない。
兄として、いや、人間として恥ずかしい振る舞いをした。反省する圭一郎を見て、長い髪の奥にある目を、きょとんとさせた和嵩は、やがて、肩の力を抜いて笑った。
「よかった……兄ちゃんに嫌われるかと思った……」
「嫌うわけないだろ! 和嵩は、たった一人の俺の可愛い弟なんだからな!」
ゲイがどうのこうのよりも、弟の心を傷つけてしまうことの方が、よほど大問題である。
圭一郎自身は、可愛い女の子が大好きだ!
と心から叫ぶことができるストレートだ。正直な話、男同士のどこがいいのか想像もつかないが、弟が幸せな恋をしてくれるのなら、相手は男だろうが女だろうがどちらでも構わない。それだけは、偽らざる圭一郎の本心である。
「そうだよね、俺は兄ちゃんの弟だもんね……」
細く息を吐き出すように言って、和嵩はようやく、正座をやめた。体育座りの状態で抱え込んだ膝に、顔を埋めている。
いじけている? 寂しがっている? どうして? そんな心境になるようなやり取り、どこにあった?
七つ年下で、性格も全然違う、血の繋がらない弟。理解しようと努めてきたけれど、時折こうして、圭一郎の理解の枠を超えた反応をしたり、行動を取ることがある。
例えば話をしている最中に、それまでうんうん頷きながら聞いていたのに、急に立ち上がって中座をしたりだとか。
その度に圭一郎は、何か悪いことをしたのかと頭を抱えた。決まって彼女との惚気話に発展したときだったと気づいてからは、自制するようにした。恋人自慢をしたい気持ちよりも、和嵩と楽しくおしゃべりをする方が大切なのだ。
今日の反応は本当に意味がわからなくて、とりあえず歩み寄るのが一番だと判断し、圭一郎はベッドから降りて、和嵩の前に跪いた。
色素が薄く、沈まぬ夏の夕日を反射して金に輝く髪の毛を撫でる。細くて柔らかで、指に絡ませても、すぐにほどけてしまう。撫でられることに反発はないことにほっとしながらも、沈黙は居心地悪く続く。
>5話
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