<<はじめから読む!
<8話
同じ家に住んでいるくせに、デートの練習を口実に、外で待ち合わせた。みなとみらい線元町・中華街駅の改札を出たところで、圭一郎はそわそわと弟を待つ。和嵩は用事がある、と言って、朝早くから家を出ていた。
「ごめん、兄ちゃん。ちょっと遅れた」
集合時間から十分なんて、遅れたうちに入らない。とはいえ、ここは兄らしく威厳をもって応じるべきか。
圭一郎は、しかめっ面と笑顔の中間くらいの表情で、声のする方を向いた。そして、ぽかんと口を開けてしまう。
声をかけてきたのは、紛れもなく我が弟。だが、朝出かけるのを見送った弟とは、まるで別人である。
視界を閉ざすほど長かった前髪は、くっきりとした目が露わになる程度に整えられている。色素の薄い和嵩の天然茶髪がチャラくなりすぎないように、全体的に重ためのヘアスタイルだが、スッキリと今風だ。
服装も、朝とは違っている。中学のときから履いているジーパンと、襟ぐりがやや緩くなっている変な柄のTシャツが、新品のブラックデニムとシンプルな白Tシャツに変わり、グレーと黒の細かいストライプのベストを合わせて、きれいめの仕上がりになっている。
無駄にでかいトートバッグはロッカーにでもしまってきたのか、コンパクトなボディバッグを持ち歩いていて、まるでオシャレ大学生である。ファッション雑誌のスナップに載せたら、すぐに読者モデルの声がかかりそうだ。
「兄ちゃん?」
唖然とした圭一郎が何も言わないので、和嵩は不安そうだった。「全然遅れてないし! つか、用事って美容院だったんだな!」と、慌てて取り繕った。こんな洒落た髪型、子供の頃から行きつけの床屋ではやってくれない。
和嵩は切ったばかりで慣れないのか、短い前髪を指先で抓み弄ぶ。
「友達の紹介で、切ってもらったんだ。本当は昨日のうちに行きたかったんだけど、予約が空いてなくて」
「そんなに急いで切らなくてもよかったんじゃないか?」
圭一郎もまた、隠れていない弟の目を見慣れずに、なんとなくそわそわしながら言った。すると和嵩は、一瞬答えに窮しながらも、ふわっと笑った。視線を外せなくなる。凝視してしまう。
きれいで優しく、自信に満ち溢れた表情は、男らしい。
「だって、デートでしょ? 今できる一番の自分で会いたいから」
その表情は自分に向けられていても、弟の感情は、顔も知らない男に向けられている。圭一郎は、練習台に過ぎない。自分で言い出したことなのに。
とはいえ、今この場で嫉妬すべきなのは、弟の想い人ではない。
圭一郎はさっと辺りを睨みつけて牽制し、和嵩の腕を引いた。
「まずは、サングラスを買おう! あんまり日光得意じゃないだろ?」
急激に格好よくなってしまった弟が、周囲の注目を集めてしまっている。圭一郎が今向き合うべきは、この問題である。
>10話
コメント