繋がる円盤

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短編小説

「UFOとか、興味はない?」

 肩をツンツンされながら話しかけられた。人違いだと思いたかった。意味がわからずに、たっぷり三十秒は沈黙し、大地だいちは男の顔をまじまじと見つめてしまう。

 鑑賞に堪える顔なのが、いっそうっとうしい。ぴかぴか光るおでこに視線を逸らし、結局口にできたのは、「はぁ?」という一言だけだった。

 こいつ、誰だっけ?

 入学してからまだ一週間。クラスに必ずひとりいる、リーダー気質の人間によって、よそよそしい空気は換気されつつある。雑談したり、スマホアプリのゲームの成績を競ったり、流行の動画の話をしたり、そういうグループがいくつか形成されている。

 しかし、大地の周辺は、いまだに冷えたままだ。必要最低限の報連相でしか、クラスメイトは話しかけてこなかった。朝、席に着いた途端に開く本の効果は絶大だ。

 クラスメイトの顔と名前はまったく一致していない。困ることもない。この瞬間まではそうだった。

「だから、UFO」

 聞き取れなかったんじゃない。言い直すな。

 口ごもっていると、チャイムが鳴った。担任は鐘と同時、一秒のずれもなくやってくる。

 急に話しかけてきた奴は、にぱっと笑って「またな」と言った。席が近いだけのなんとなくかと思いきや、彼が戻っていくのは対角線上の座席。

 つまり、先頭を譲らない相沢あいざわとは真逆の、ワタナベとかそんな名前なのだろう。

 朝のホームルームで伝達事項を受け、担任が出て行った後で、大地は隣の席の人間に声をかけた。同じ寮生だから、少しは見知った顔だ。

「なあ、あいつ、何?」

 ワタナベ(仮)は、スマホ片手に談笑している。わざわざあの輪を外れて、こんな僻地まで来なくてもいいのに。

 指さしていると、バチっと目が合った。慌てて目を逸らす。

 隣の席の生徒は、「ああ、あいつ」と目を細めた。

「チュー太」

 僕はネズミの名前を聞いたわけじゃないんだが……と、珍しくも大地がツッコミを入れかけたところで、本名を教えてもらう。

和知わち宙太そらた。宇宙人とか、UFOのオタクらしいよ」

 変なのに目をつけられちゃったね、相沢。

 隣の席の寮生は、「ご愁傷様」という顔をした。

 

 大地はまったく取り合わないのに、宙太はお構いなしに話しかけてくる。決まって朝の時間だ。授業の合間の休み時間は短すぎるし、昼休みや放課後は長すぎる。

「ゴールデンウィークに、一緒にUFO呼ばない?」

 とびきりの笑顔でナンパしてくるが、男子校じゃ宝の持ち腐れだ。そもそも誘い文句でドン引きだが。

 人気者であっても、残念ながらUFO談義に付き合ってくれる人間はいないらしい。

 だからって、なんで僕?

 五日目、大地はとうとう根負けした。と言っても、誘いに乗るわけじゃない。今まで無視していたのをやめて、対話を試みたのである。

「和知くん。どうして僕なんだ? 僕、別にSF趣味じゃないんだけど」

「えっ」

 意外だ、という顔をされる。その反応が大地にとっては意外すぎる。

 宙太は大地が持っている文庫本を指す。

「だって、読書好きなんだろ。他の連中よりも乗ってくれるんじゃないか、って」

 大地は彼に、カバーを外して表紙を見せた。

 数年前に亡くなった、イギリスの物理学者の自伝である。大地の趣味は伝記や事件・事故のルポ、科学読本の類いで、フィクションは守備範囲外だ。

 小説を期待していた宙太は、あからさまにがっかりした顔をしていたが、「でも物理学者ってことは、宇宙にも……?」と、まだ期待の眼差しを向けてくる。

 ここまで来れば立派なものだ。だからといって、絆されてやる気もないが。

「あいにくだけど、本当に興味がないんだ。他に愛好家を見つけてくれ。ほら、漫研とかにいるだろ、SF趣味の奴なら」

「んえー?」

 ちぇ、と舌打ちをするも、宙太はニコニコ笑っている。ちぐはぐな言動と表情に、「なんだこいつ」という感情を、大地は隠さない。うろんな目を向けられても怯むことなく、嬉しそうに宙太は、

「だって、これまで全然反応してくれなかっただろ。こんなに長くお喋りしたの、初めてじゃん」

 と言う。

 大地は、ぐっと詰まった。

 常に本を読んでバリアを張る大地が、一言以上喋るのは珍しいことで、隣席の生徒が面白そうにこちらを観察していることに気づいた。教室のみならず、寮でも大地はひとりなのである。

 反論すれば、さらに言葉を交わすことになってしまうため、大地は何も言えない。無言のまま、チャイムが鳴ってしまう。

 このやりとりに味を占めたのか、宙太は翌朝、大地の机に紙袋をドンッ、と置いた。

 聞きたくないが、聞かなきゃ始まらない。できる限り冷たく、「これなに」と尋ねた。

「俺のオススメの漫画!」

 無言で突き返す。が、宙太の押しの強さも負けていない。

「マジで面白いから読んでみてって!」

「いらない」

「他に読むものないくせに……」

 机の上に広げた本に、図書室蔵書の分類シールが貼られていることに、彼はめざとく気づいていた。大地はさっと隠すが、もはや意味がない。

 一年生は四人部屋、寮に持ち込むことのできる本の数は限られている。そのため、放課後は図書室に入り浸っていた。

「な? 読むものないなら、暇つぶしに読んでくれてもいいだろ? 汚したり破いたりしてもいいから」

 とは、失礼な奴。本を愛する人間が、そんなことするか。

「それに」

 意味ありげに言葉を切った宙太に、「それに?」とオウム返しに尋ねた。彼の思惑通りの反応だったらしく、笑われた。

「漫画十冊ってかさばるし、重いし、俺、自転車通学だしさあ」

 持って帰りたくない。

 ずいと押された拍子に、机から紙袋が落下しそうになる。慌てて支えたところでチャイムが鳴り、宙太はそのまま、自分の席へと帰っていった。

(漫画、ねぇ)

 ちら、と中を見ると、表紙には女の子ふたり。一般的な少年漫画の絵柄である。

 苦々しいものがせり上がってきて、大地は溜息をつき、紙袋を机の横のフックにぶら下げた。

 翌朝登校した大地は、大あくびを噛み殺すのに失敗した。目の端から涙が零れ、ごしごしと擦る。

 顔を洗ったときに鏡を見たら、真っ赤に充血していた。痛がゆくて、そのまま擦り続けていると、手首を掴まれた。

「あんまり擦らない方がいいぞ」

 宙太だった。離せよ、とすぐに自分の方に手を引き寄せたが、彼の力は強く、なかなか振りほどけなかった。

「真っ赤だ」

 ははっ、と笑われて、顔も赤くなる。大地は紙袋を机上に音を立てて置いた。

「やっぱり漫画なんて読まないから、返す」

 受け取った袋の中を見て、宙太はニヤニヤした。

 内心、冷や汗をかいた。漫画なんてくだらない。そう言った手前、本当は夜を徹して読みふけってしまったとは言えない。

 漫画は二人の少女の出会いから別れまでを描いた物語だった。一方は普通に日本で生きている女の子。もう一方は、宇宙のとある星からやってきたお姫様だ。いわゆるSF風味の百合漫画というところか。

 宿題をしている最中から、漫画が気になって仕方がなかった。ためしに一冊目を手に取ると、やめられなくなった。お姫様が命をかけて地球人を守る展開など、目頭が熱くなった。

 消灯時間を過ぎても、懐中電灯を持ち込み、布団を頭からひっかぶって読み続けた。気づいたら朝だった。午前六時、寝直すこともできず、朝食を無理矢理詰め込んで登校した。

「ふぅん……」

 訳知り顔の宙太は、紙袋を手に自分の席へと戻っていく。

 あれ?

 もっと何か、突っ込まれるかと思ったのに。 予想とは違う反応に、消化不良を起こす。もやもやしていたが、次の日登校してきた宙太の手にあるものを見て、「こ、こいつは……」と、大地はこめかみがひくつくのを覚えた。

 両手に下げた紙袋の中身は、漫画やライトノベル。量が増えている。持って帰るつもりがないということだろう。

「漫画もラノベも面白いだろ?」

 ドヤ顔するな!

「こないだ貸した漫画も、十冊あったけど一晩で読んでくれたんだろ? いや~、貸した甲斐があったなあ」

 案の定、徹夜で漫画を読みふけっていたことはバレていた。今日になって言及するのは卑怯である。

「それでさ、これはSFラノベなんだけど、幼なじみが行方不明になって十年後、地球を侵略してきた宇宙船にそいつが乗ってて……」

 本の内容をペラペラと話し、ぐいぐいと押しつけてくる。このままでは宙太のペースに飲み込まれる。

 ――オタク早口キモ。

 誰かがそんなことを言ったような気がして、大地の心臓が嫌な音を立てる。全力で走った後とは違って、爽やかな汗はそこにはない。「そんでこっちは、宇宙からやってきた犬っぽい生物を拾った小学生のギャグ漫画な。ギャグだけじゃなくて、たまにほろっと来るエピソードもあってさ……」

 大地の様子に宙太は気づかずに、さらに言い募る。彼の声は耳を通過して、周囲の反応を気にしてしまう。

 慌てて一時間目の数学の宿題を今さらやっている生徒、昨日アップされたアーティストの一発撮り歌唱動画について話し合っているグループ、睡眠時間にあてている者もいる。

 その雑談中に、宙太を馬鹿にしている人間はいないか。そっと見回す教室の中、あからさまに軽蔑の目を向ける人間はいない。

 ――あいつのノート見た? 

 ――女の子のイラストがいっぱい描いてあるって。

 ――それってエッチなの? やだぁ。

 ここにはいないはずの、若い女の声が頭の中に木霊する。

 違う。エッチなイラストなんて描いていない。

 ――は? キッモ。

 幻聴だと、フラッシュバックだとわかっていても、最後の少女の声には、発狂しそうになる。「キモい」じゃなくて「キッモ」。間の促音に籠められた侮蔑の感情がはっきりと感じられて、大地は胸を押さえた。

「おい、チュー太。お前あんまり……」

 大地の様子がおかしいことに気がついたのは、宙太ではなく、大地の隣席の生徒だった。宙太の話を遮ろうとして、それも「お? お前もこの漫画好き?」と、的外れな解釈をして顔を向ける。

 もう、限界だった。

 バン、と机を叩いて立ち上がった。あの日と同じだ。友人たちは誰も庇ってくれず、遠巻きにされた。

 大地は宙太の胸ぐらを掴んだ。まだ新しい制服のネクタイが、ぐしゃり握りつぶされて皺だらけになる。

「相沢?」

 ここまで来ても何も感知していないあたり、宙太の空気を読む力のなさは感心するほどだ。 大地は思い切り、唾を飛ばす勢いで食ってかかった。

「多少顔がいいからって、何でも許されると思ってんじゃないぞ! オタクは縮こまってないとダメなんだ!」 

話しかけても必要最低限しか返ってこない、授業中あてられても抑揚ない一本調子。

 そんな大地の怒鳴り声は、教室中の注目を集めた。それまで楽しげに喋っていた声が止み、驚きをもってこちらを見つめる、目、目、目。

 チャイムが鳴る。担任が入ってくる。入り口に一番近い大地をすぐに認め、

「相沢と和知は、何してるんだ?」

 と、尋ねた。

 長年この学校で教鞭を執る彼にとっては、男同士のじゃれ合いの範疇を超えないのだろう。特に責め立てる視線というわけではない。

 大地は途端に冷静になる。

 今自分が何をしているのか。何を思いだしたのか。どんな風な目で周りから見られているのか。

 大地とは対照的に、宙太はUFOや宇宙人のオタクであることを隠さずに、けれど明るく、クラスに受け入れられている。

 そんな彼に食ってかかった自分を、皆がどう思うか。

 ざーっと血の気が引いていく。胸の奥がぐるぐるして、吐き気がこみ上げてくる。

「ぐっ」

 口と胸を押さえて、大地は教室を飛び出して、廊下をダッシュして、トイレに駆け込んだ。

 ――中学三年生、秋。

 クラス全員、部活も引退して、いよいよ本格的に受験に向かう季節。

 身体を動かす機会が大幅に減った運動部の連中は、いつも何かにイライラしていた。上がらない点数に、教師や親の小言溜息。当たり散らす対象を常に探していた。

 飄々としているのが、癇に障ったのだと思う。

 大地はいつも通りだった。一年のときからコツコツと真面目に宿題や試験に取り組んできた結果、内申点が高く、第一志望の県立高校も余裕で合格圏内だった。担任からも太鼓判を押されていて、油断だけはするなよ、と言われていた。

「ええ? マジで? そこミスったぁ」

 英語の小テストの答え合わせをしていた女子グループから、きゃあきゃあという声が聞こえて、顔を上げた。見ているとバレたら気まずいから、視線を窓に向け、ちらちらと窺う。

 そのうちのひとりに、気があった。体育祭で怪我をした大地に、「あたし保健委員だから」と、救護テントまで付き添ってくれた。手当てが終わるまで待ってくれて、最後にはにっこり笑ってくれた。彼女の優しさと笑顔に、すっかり骨抜きになっていた。

 輪郭は少し丸くて、笑うと目が細くなる。眉毛はたまに失敗するのか半分なくなっていたりして、鼻は小さめ。唇はいつもつやつやしている。髪の毛には一番気を遣っているのか、光が当たると天使の輪が見える。

 シャープペンシルをノートに走らせながら、大地はぼんやりしていた。

「おい。相沢、何書いてんだよ」

 声と同時に影が落ちる。閉じかけたノートはしかし、元野球部の反射神経に大地が勝てるわけもなく、奪われてしまった。

 大地はアニメや漫画が好きで、オタクを隠しているわけではないが、描いたものが悪かった。

「なぁ、これって……」

 イラストを確認した男たちの唇が、にやりと歪んだ。悪いことを企んでいる顔だ。

「おーい、××! こいつ、お前の似顔絵なんか描いてるぞ!」

 その瞬間、大地の初恋は終わった。

 ノートを一瞥した彼女は、「は? キッモ」と言って、ビリビリに破った。弁明の暇も与えられなかった。

「二度とこっち見るな」

 優しかったあの子は幻であったことを悟る。 

以降、大地は腫れ物扱いだった。学校に行けば、毎朝ノートをチェックされる。またキモいイラストを描いているんじゃないか、と。

 オタク趣味は受け入れられつつあるが、見るのと創作するのでは天と地ほどの開きがある。ましてそれが、クラスメイトのデフォルメなら。

 オタク友達は、巻き込まれ事故を恐れて下を向いていた。後からごめんと謝られたところで、どうしようもない。

 結果、大地は中三の二学期途中から、不登校になった。幸い、親は二県離れた寮のある私立高校への進学も、許してくれた。県内の高校じゃ、誰と同じになるかわからないからだ。

 卒業式すら行かなかった。後日、校長から卒業証書を受け取った。担任はいなかった。

 何もかもを春休み中に処分した。漫画だけじゃない、ライトノベルも、一般の小説もすべてだ。

 オタクじゃない。アニメも漫画も小説も全然知らない人間に生まれ変わって、大地は高校にやってきた。

 それが自分の心を守るための唯一の方法だと信じていた。

 宙太に絡まれるのを必要以上に疎んじたのは、オタクなのにクラスで受け入れられている彼が、羨ましかったのもある。自分は迫害されてここまで来たのになぜ、と。

 彼はもう、話しかけてすらこないだろう。

 顔を合わせるのが嫌で、仮病を使って寮のベッドでぐずぐずしていた。不登校時代ですら、規則正しい生活を心がけて学校の時間割通りに机に向かっていたというのに、ひどい体たらくだ。

 うつらうつらとして、過去の悪夢と現在の後悔を繰り返していたら、ノックの音で現実に引き戻された。

 寮監の先生は、大地が仮病だと気づいている様子だったが、何も言わなかった。クラスメイトが見舞いに来ているから、着替えて顔を洗っておいで、と言われる。 そういえば、ずっとパジャマのままだった。

 寮生以外は皆、面会室に通される。大地がここを訪れるのは初めてだった。

 中にいたのは、予想どおりの人物だった。

 大地が姿を見せると、彼は立ち上がった。その手にはプリントの束があり、同じ寮生が持ってくればいいものを、わざわざ宙太が役目を譲ってもらったのだと知れた。

「風邪、大丈夫か?」

 大地は宿題のメモを受け取りながら、「仮病だってわかってるくせに」と、小さく零した。

「学校に来たくないくらい、俺のこと嫌いになった?」

「……」

 違う。嫌いなのは、顔を見たくないのは。

「……僕が嫌いなのは、僕だけだよ」

 大地はぽつりぽつり、中学時代のことを話した。好きな女の子のこと。彼女にオタク趣味を馬鹿にされたこと。クラス全体がそういう雰囲気になって、オタク仲間も庇ってはくれなかったこと。全部言い訳だった。

 宙太は黙って話を聞いた。大地が「八つ当たりした。ごめん」と謝ったとき、彼はあっけらかんと言った。

「相沢の地元って、すげぇ遅れてるのな」

「は?」

 いや、確かに県庁所在地からも遠いし、遊ぶ場所も近くには全然ないけれど……それにしても、見たことがないはずの地元を馬鹿にされて、大地は絶句した。

「イマドキ、推しのない奴なんている?」

 心底不思議だという顔で、宙太は指折り数え上げる。

「お前の隣の席の奴。男性アイドルオタク。チケット当選祈願で、寮の風呂場で水垢離してるって知ってた?」

「知らない……」

 比較的喋る方の同級生のオタク事情を突然暴露されて、呆然と首を横に振ることしかできなかった。

「俺の前の席の奴は、猫オタク。市内の猫カフェ網羅してるから、一緒に行くと楽しいよ。あ、猫大丈夫?」

「うん」

「それからうちの担任、バイクオタク。毎朝すげーでっかいバイク乗って来てんの、知らない? ハーレーっての?」

 優しげな顔をした初老の担任教師の趣味まで知っているこの男のコミュ力は一体どうなっているんだか、大地には到底真似できない。

「漫画好きはクラスに何人もいるし、サッカーやバスケのオタクもいる。みんな何かしらオタクなんだよ。だから相沢がイラスト描いたりしたらきっと、みんな興味持つよ」

「それでもオタクだからって馬鹿にする奴はさ、かわいそうだな~って思っておけばいいよ。見下してやれよ。だって、胸張って詳しいです、大好きですって言えることないから馬鹿にしてくるんだろ?」

 宙太は宇宙人について語るのと同じ勢いで、大地を慰めた。オタクって本当に早口なんだな、と思って、なんだか笑えた。

 突然ケタケタ笑い始めた大地に、宙太はきょとんとした後、釣られて笑った。

 次の日登校した宙太は、まず大地の隣の席の男を巻き込んで雑談を始めた。すると屈託なく男性アイドルへの愛を語り始めた。

「ほら。みんな何かしら、オタクごとを抱えてるって言ったろ。男子校なんて、女の目がないから特に隠す必要もないしな」

「う、うん」

 そうやって少しずつ、宙太は大地をクラスに溶け込ませていった。連休前には、大地も自分から話しかけられるようになっていた。

「あのさ……チュー太」

 他の学友と同じように、彼をあだ名で呼ぶようになった。未だに照れくさいが、宙太が嬉しそうに「なに?」と言ってくるので、頑張って呼んでいる。

 放課後、みんな遊びに行ったり部活に行ったりで、教室にはふたりだけ。リリアン姫のイラストをノートに描いているのを、宙太が覗き込んでいる。

 大地は彼の顔を見ずに言った。誰もいないところじゃないと、さすがに恥ずかしいから今になってしまった。

「……UFOの儀式、付き合ってもいいよ」

 なんだか可愛くない言い方になってしまったが、照れ隠しである。そして宙太にはお見通しであろう。

 パチパチと瞬いた後、彼は興奮して、「GW! うちに泊まりに来て! 寮ってなんか手続き必要だっけ? まだ間に合う? 親? 大丈夫大丈夫。うちは誰でもウェルカムなの」

 と、一気に捲し立てたので、了承したのを少しだけ後悔した。

 五月三日。天気は晴天、UFO日和。

 午後から待ち合わせて、アニメショップや本屋を巡った。特に本屋は宙太の行きつけで、オカルト趣味に特化した個人経営の店で、普段目にしない書籍がたくさんあった。

 UFOについて詳しくない大地に、宙太はあれこれと説明してくれる。楽しそうに喋る彼に相づちを打ち、さて、肝心の儀式については何も聞いていないことに気づいた。

 前に何かで読んだUFO召喚の儀式は、円になってぐるぐる回るんだったか。

 今日は宙太の自宅があるマンションの屋上で儀式をすることになっているが、何人集まるのだろう。手土産は和知家の分しか買っていないが、大丈夫だろうか。

 そんな不安を口にすると、宙太は笑った。

「俺と大地のふたりだけだよ」

 と。

 お邪魔した和知家の両親は、あれこれと世話を焼いてくれて、大地は自分の両親のことを思い出した。連休中に帰る予定はなかったけれど、なんだか無性に会いたくなった。

 そして二十二時五十分。辺りが静かになった頃、「よし! 行こうか!」と、それまでスマホをちまちま弄っていた宙太が立ち上がった。半分眠っていた大地は、虚を突かれて完全に目が覚めた。

 五階建てマンションの屋上は、出入り自由とまではいかないが、管理人の許可があれば鍵を借りられる。

「部活動で天体観測するんです~って言ったら一発だっだぜ」

 お主も悪よのう、と言ってほしそうな顔で報告をされるが、大地は乗らなかった。

 エレベーターは屋上には通じておらず、階段をえっちらおっちらと昇る。ガチャリと鍵を開け、屋上へ。

 昼はあんなに暑かったのに、半袖のTシャツと短パンでは肌寒い。ぶるりと震えた大地に、宙太はカーディガンを手渡し、魔法瓶から温かいほうじ茶を寄越した。用意周到だ。

「よし。十一時だ」

 スマホで時刻を確認していた宙太が、持ってきていた懐中電灯を掲げた。光線がまっすぐに空に伸び、彼が腕をぐるぐる回すのに合わせて動く。

 これがUFOを呼ぶ儀式なんだろうか。

「ほら、見てろ」

 宙太が指す方向を見て、大地は「あっ」と息を飲んだ。

 謎の光源が、ぐるぐると宙を回っている。円盤形のUFOか? いいや、それにしてはこちらの懐中電灯の灯りと同じ動きをして……。

「本当はこれ、UFO呼ぶ儀式じゃないんだ」

「え?」

 たっぷり一分間、呼応し合っていた光は、宙太が懐中電灯を消すと同時に止んだ。星と月、まだ眠らぬ建物の灯りがちらほらと見える、静かな夜に戻る。

「あっちにさ、俺のUFO仲間がいるの。で、示し合わせて懐中電灯振り合ってさ」

「……僕をからかったのか?」

 違うよ。

 宙太は首をゆるりと振る。笑っている印象の強い彼だが、今浮かべている微笑みは、教室で見るのとは違う。

 静謐で、何かに耐えるような、祈るような。

「本当は、俺も大地と一緒」

 小学校のときに、UFOを見た。宇宙人はやっぱりいるんだ! 特撮ドラマが好きだった宙太少年は確信し、友人たちに話して聞かせた。

 けれど誰も信じてくれなかった。笑われるのにも慣れたけれど、宙太はあの日見たUFOがニセモノや見間違いとは思えず、もやもやしたまま中学生になった。「中学になって、ネットでUFO愛好家の会に入れてもらってさ。そこの人たちって、俺のことを否定しないんだ。君が見たのも、僕が見たのもきっと本物だって。信じていてもいいんだって、思わされた」

 星間飛行できる宇宙人が、地球侵略を狙うなんて思い上がりだ。けれど、気まぐれでやってくることがあるかもしれない。もしかしたら不時着して、助けを求められるかもしれない。

 そんな風に夢想して、あの日見たUFOの話をして、聞いて、心の慰めを得る。

「この儀式はさ、仲間と繋がっているのを確かめるためのもの。会長が始めたんだ」

 おおい、と呼びかけて、おおい、と返ってくる。光の輪が、勇気をくれる。

「大地にも、そういうのを感じてもらえたらな……って思って」

 宇宙にしろ漫画にしろ、好きになったものを断絶の理由に使われるのは悔しい。どうせなら、誰かと繋がる手段であればよい。

「……僕も、振ってみても?」

「! ああ。今ならまだ、向こうの仲間も待機してると思うから……」

 受け取った懐中電灯で照らす。大きく上げて、ゆっくりと左右に振る。少し遅れて、光が現れる。次第にシンクロしていく動きに、心拍数も上がる。

 そっと、ライトを持つ手に宙太の手が添えられた。

 ああ、そうだ。繋がっているのは、離れた場所にいる懐中電灯の持ち主だけじゃない。

 大地は微笑みを浮かべ、ライトを消した。

 星と月だけが、手を繋ぐふたりを見ている。

 もしかしたらあのどれかに、宇宙人が住んでいるかもしれない。

(了)

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