臆病な牙(11)

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10話

 慎太郎と顔を見合わせ、二人できょろきょろと辺りを見渡すと、水色の甚平を纏った、五歳くらいの男児が、涙を擦り、しゃくりあげながらとぼとぼと歩いているのを見つけた。

 疑いようもなく、迷子である。周囲には何人もの若い男女がいて、泣き声を聞いているはずなのに、誰も行動しようとしていなかった。

 混雑した中で、頼りにしていた親とはぐれてしまうのは、どれほど心細いだろうか。

 それでも、冬夜はとっさには動けなかった。隣の慎太郎はためらうことなく、子供に近づいていく。

「どうしたのかな? お母さんと、はぐれちゃった?」

 しゃがんで目線を合わせる慎太郎に、少年は一瞬きょとんとした表情を見せたが、更にぎゃんぎゃん泣き喚き始めた。

 どうやら慎太郎は、冬夜とはまた違うベクトルで、子供に無用な緊張を強いるようだ。これまでの短い人生経験の中で、外国の王子様に話しかけられたことなどないのだから、仕方がない。

 冬夜は、慎太郎の持っていたお面を取り上げて、顔を隠した。子供向けの物だから、ゴムが頭に食い込んで痛い。

「お名前は、なんていうのかな?」

 咳払いして、殊更優しい声を作って、冬夜は声をかけた。慎太郎に話しかけられても、泣いてばかりいた子供は、涙を流しながらも、、「たむらゆうきぃ」と自分の名前を言った。

 慎太郎が驚いているのが、気配でわかった。子供は決して、お面を被った冬夜を、本物のヒーローだと思っているわけではない。ただ、自分も見慣れたキャラクターに安心感を得ているのだ。

 冬夜は子供から、年齢が五歳であることと、今日は母と姉と一緒に来たことを聞き出した。

「お母さんもお姉ちゃんも、ゆうきのことを探してくれているよ。歩けるかい?」

 あえて呼び捨てにしたのは、家族や幼稚園での友達のように、彼のことを心から思っているのだということを伝えたかったからだ。

 少年は、すっくと立ちあがり、冬夜の手を取った。うん、と大きく頷いた少年の頭を撫でて、彼に歩幅を合わせ、ゆっくりと歩く。

「冬夜くん」

 慎太郎も同じように歩こうとするのだが、彼は常人よりも足が長く、歩幅も広い。そのため、歩行のリズムが崩れてしまい、転びそうになっている。

「この子の家族が、どこにいるかわかってるの?」

 冬夜が与えた綿あめに夢中になっている子供を不安がらせないように、慎太郎は冬夜に耳打ちした。

「大会実行本部のテント。迷子の呼び出しとかもやってくれるはずだから」

 もしかしたら、家族もそこにいるかもしれない。

 冬夜の説明に、なるほどと納得した慎太郎は、いいことを思いついた、とようやく慎太郎に慣れてきた幼児の手を引いた。

「高いところから探せば、お母さんも見つけやすいよ」

 そう言うと、慎太郎はやすやすと肩車をした。周囲の人々よりも、頭が半分以上高い慎太郎の肩車は、少年にとっては、気を紛らわせるアトラクションのようなものだ。

 きゃっきゃと笑い声を立て始めた少年を連れて、本部テントの近くまでたどり着いたとき、

「勇気!」

 という叫び声が聞こえた。声の主を少年は、慎太郎の肩から認めると、また爆発的に泣き始めた。

「お母さん!」

 慎太郎の肩から降りて、少年は、母と姉の元に走って行った。ぎゅっと抱き締められて、わぁわぁと泣く。

「あの、ありがとうございます」

 母親は、何度も丁寧に、頭を下げた。冬夜は一歩下がって、慎太郎に対応を任せていた。

 本当ならば、このお面を取って挨拶をするべきなのだろうが。冬夜は足元で、小学生くらいの姉と手を繋いでいる少年を見た。

 せっかく泣き止んだのだから、この顔を見せて、泣かせたくない。慎太郎の背に隠れて、黙ってやり過ごそうとしていた。

「お母さん。僕じゃなくて、彼にお礼を言ってください。彼が勇気くん、ここまで一緒に来られたんです」

 慎太郎によって、冬夜は表に出される。お面はつけたままだ。視界は狭いが、「まぁ」と母親が驚いた表情を向けているのがわかる。

 どうしよう、と思った瞬間、視界が開けた。慎太郎によって、お面を取り上げられていた。おい、と苛立ちを向けるわけにもいかず、冬夜は自分の最大限の努力をもって、穏やかな笑みを浮かべることにした。

「勇気くん、ちゃんと自分の足で歩こうとして、お母さんを探すんだって、えらかったですよ。だから、怒らないであげてくださいね」

 緊張のため、いささか早口になってしまったのは否めない。母親は、しっかりと大きく頷いた。

「お兄ちゃん」

 手を引かれて、冬夜は戸惑いながらも、しゃがんだ。視線を合わせたら泣かれてしまうかもしれない、と斜め下の地面を見るように、顔を合わせる。

「わたあめ、ありがとう。お母さんさがしてくれて、ありがとう」

 子供が笑った気配に釣られて、冬夜は顔を上げ、彼の顔をまじまじと見つめてしまった。泣きそうな気配は感じられない。

 冬夜はほっと息を吐き出して、持っていたお面を、少年の頭につけてやった。

12話

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