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<7話
目を覚ました冬夜の額には、慎太郎のために購入した冷却シートが貼られていた。身体を起こすと、真っ先に目に入ったのは、ぴしりときれいに土下座をしている慎太郎の姿だった。
顔立ちは西洋風なのに、仕草はどうしても日本人だ。そのギャップも面白いと思うのだが、今は面白がっている場合ではない。
欲しいのは謝罪ではない。冬夜は土下座を辞めさせて、慎太郎に説明を求めた。
慎太郎は、躊躇していた。口を開け閉めして、冬夜の顔色を窺う。気が長い方ではあるが、慎太郎に振り回された今日は、待つことはできない。
ぐい、とTシャツの襟元を引っ張って、噛み跡を晒す。
「あれ?」
相当深く肉に食い込んだと思ったのに、寝て起きたら、赤い跡が残っているだけで、穴は開いていなかった。
慎太郎は青い顔をして、また「ごめん」と謝罪した。
どういうことなのかと再び問い詰めると、ようやく慎太郎は、「信じてもらえないと思うけど」と前置きしたうえで、身の上話を始めた。
にわかには信じがたい事実だったので、冬夜は彼の言葉を繰り返す。
「……半吸血鬼?」
小さく頷いた慎太郎は、ぱかっと口を大きく開けた。中を覗くと、なるほど、常人よりも犬歯が発達している。これが突き立てられたということか。
日光に弱い彼を吸血鬼に例えたことがあったが、まさか核心をついていたとは思わなかった。
慎太郎は、半吸血鬼と普通の吸血鬼の違いについて、説明を続ける。
曰く、太陽に弱いのは間違いないが、灰と化して死ぬことはない。不老不死というわけではない。人間の食べ物から栄養を補給することは可能だが、血を飲まないと衰弱してしまうこと。
「どのくらい血を飲まないと、弱るの?」
慎太郎に買ってきたスポーツドリンクを、冬夜は勝手に口にして、半分ほど一気に飲み干した。
「二週間に一回は最低。できれば、週に一回は」
冬夜と友人になり、遊ぶのに夢中でうっかり吸血するのを忘れたのだ。慎太郎は、しゅんと肩を落としている。
確かに、昼間に活動できないのならば、吸血も夜にしなければならない。労働時間以外、冬夜と遊ぶことに費やされているとしたら、今回倒れるほどになったのも、仕方がない。
そう考えて、新たな疑問が浮上する。
「ん? 今まで誰の血を、どうやって飲んでたんだ?」
問いかけというよりも、むしろ、独り言だった。もういらない、と冬夜からボトルを受け取った慎太郎が、ぴくりと反応し、動きを止めた。
「慎太郎?」
名を呼ぶと、ギギギ、と音がしそうな感じで振り向いた。
「……女の子とね、ちょっと」
夜の街にふらっと遊びに行って、きれいな女の人に声をかければ、慎太郎ならば一発だろう。いや、逆に、女性の方から声をかけてくるかもしれない。
よく考えずとも、血を吸う行為は、往来の真ん中では不可能だ。男と女が二人きりの空間にいるということは、つまり、そういうことだ。
頬が熱くなって、冬夜は慎太郎の顔をまともに見られない。
冬夜は童貞だ。女性と付き合ったことがないわけではない。目を閉じればいいから、キスまではしたことがある。
しかし、いよいよベッドインというところで、興奮のために目が血走っていたのだろう。同意の上で行為に至ったのに、強く突き飛ばされた。そのときの彼女の顔は、まるで強姦魔に襲われたような恐怖に染まっていた。
だからセックスは、ちょっとしたトラウマになっている。そんな冬夜と違い、慎太郎はおそらく、経験豊富なのだろう。当たり前だ。こんなにいい男なのだから。
「これからはちゃんとするよ」
ちゃんとする?
慎太郎の言葉に、冬夜は顔を上げた。
それはつまり、血をもらうかわりに、女の人とセックスをするということ?
目の前の美しい男が、女を抱く姿を明瞭に思い浮かべてしまい、冬夜は叫んでいた。
「そんなこと、しなくてもいい!」
「冬夜くん?」
週に一回だとしても、不特定多数の女とセックスなんて、不健全だし、慎太郎には似合わない。たとえ、今までずっとそうやって、血を補ってきたのだとしても、冬夜は嫌だった。
それくらいなら。
「お、俺の血を飲めばいいだろ!」
大事な友達なんだから!
一気に続けると、慎太郎は、きょとんとした表情を浮かべた。
>9話
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