花食みの王子は、夜桜の愛を咲かせる(9)

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 アズマが奮闘している最中さなか、王宮から人が派遣されてきた。

「特別講師?」

 テオがこちらを見上げてくるが、アズマとて困惑している。何も聞かされておらず、学園長から「剪定師を訪ねてきた人物がいる」と呼び出され、使用している部屋に案内したはいいものの、限りなく戸惑っている。不安そうにこちらを見上げてくるテオの手前、表情に出すことはない。

「ええ。ディアン・マクギリスと申します」

 明るく透ける金茶の髪に、ガラス玉のような薄青の瞳の持ち主は、ずいぶんな色男であった。三十代前半くらいだろうか。

 真っ白な歯を見せて笑い、アズマを見て、それからテオに目を向ける。熱視線を送られたテオは、急いでアズマの背に隠れた。

 人付き合いもそつなくこなす(あのエリオットとですら! こうしてアズマが教育をしていることから、彼にもテオが第一候補であると知れているのに、いやがらせのひとつもないらしい)テオにしては、珍しいことだった。

 人当たりの良さそうな男相手に、アズマはまだ警戒心を完全に解かないまま対峙する。

「アズマ・イザヨイです。こちらはテオ」

 うんうん頷いて顔を覗き込もうとするディアンを、テオは明確に拒絶する。これは早急に何の講義をしに来たのかを尋ね、場合によっては穏便にお断りするしかないと、「早速ですが」と、アズマは彼の来訪理由を聞いた。

 なんと、ディアンを派遣してきたのは、内務大臣だそうだ。あれだけ「ひとりでやれ」と言って、助け船を出さなかった男が、いったいどういった風の吹き回しだ。

 ディアン・マクギリスは顔もいいが、口がとてつもなくうまかった。ペラペラと、アズマの困惑や不信を牽制するように、自分の役割について語る。

「私はね。まぁ言っちゃいますと、房中術の講師ですよ」

「房中……術?」

 テオはその言葉の意味を知らない様子だ。成人済みのアズマはさすがにわかっているが、なぜ自分たちのもとに送り込まれてきたのか、理解はできない。思わずテオのことを見た。可愛らしい顔をしているが、それはまだ、輪郭や目元などに子どもの要素を多く残しているからで、まぎれもなく男の顔をしている。

「……テオは男なので、必要はないと思いますが」

 ディアンは人差し指を振った。なんだかいちいち動作にイライラする男である。やりにくいことこの上ない。

「男だからこそ、必要でしょう?」

「いや、でもその……できないでしょう?」

 想いが通じ合い、ともに暮らすようになったところで、男女の夫婦とは違って肉体的に情を交わすことは不可能だ。男には、女とは違って挿入するための場所がない。房中術というのは、男女の寝室での取り組みにまつわるテクニックのことだから、リカルドとテオの将来については関係のないことだ。

 大真面目に指摘したアズマの顔を、ディアンはじっと見つめたまま、瞬きをした。それから「あはは」と声に出して笑った。

 馬鹿にされている。アズマは内心でムッとした。努めて顔には出さなかった。内務大臣の手の人間だ。感情を揺らして弱みを見せるわけにはいかない。あとでシノブに、この男と大臣の関係について探らせなければ。

「剪定師殿は、ずいぶんと初心ウブでいらっしゃる」

 男はアズマに近づき、高く結んだ髪の毛の先を捕え、自身の口元へと持っていった。似たようなことをリカルドにされたときとは違い、ゾワゾワと虫が背中を這うような不快感に、アズマは身体を強張らせた。

「男同士でも、できるのですよ……セックス」

 頭を全力で殴り飛ばされたのと、同じ衝撃だった。固まったアズマを見かねて、テオが「ディアン……先生。アズマさんから離れてください!」と、勇気を出して庇ってくれる。

 我に返り、慌てて彼の手から自分の髪の毛を取り戻した。強く引っ張られていたわけではないかった。ただ、名残惜しそうに毛先が背に戻っていくのを見送っているのが、じめっとして気味が悪い。

「好きな者同士が身体を重ねたいと思うのは、自然なことです。たとえそれが男同士であっても。そうは思いませんか? アズマ殿」

 アズマは、リカルドのことがずっと好きだった。恋をしていた。恋人になる妄想をしたことが、ないとは言わない。

 だがそれは、友情の延長のようなもので、限りなくプラトニックだった。手を繋いだり、ハグをしたり。ふたりきりの部屋で、両手をにぎにぎと重ねてずっとじゃれ合うのもいいな、と考えていた。そしていつかは、唇同士が触れ合うキスを……と、空想に耽ったことはある。

 どういう雰囲気になったらキスができるのかとか、何もわからなかった。キスをしたらどんな気持ちになるのかも、想像するしかできなかった。

 まして、男同士でもキスの先があるということを、知らなかったのだ。

 身体を重ねる? あの、リカルドと?

 いけないとわかっていて、アズマは思わず、彼の裸体を想像した。王族の肌を見ることは不敬にあたる。いくら仲のいい友人同士として育っても、決して見ることが叶わない。服の上からの推測に過ぎない。

 リカルドは文武両道だ。剣術の師範でもあるアズマの父も「殿下にうちの術を教えてみたいものだ」と唸るほどの人間だ。イザヨイの男としては線が細すぎるアズマよりも、よほど鍛えられた身体をしている。あれは母曰くの、「着やせするタイプ」であろう。

 裸のリカルドの隣に、うっかり裸の自分を並べてしまった。今まで考えたことのなかった想像図は、アズマには刺激が強すぎた。

「どうしました、剪定師殿。この部屋は、そんなに暑いですか?」

 そんな理由ではないということはわかりきっているだろうに、招かれざる特別講師は、にやりと笑った。




 ディアンが学校を訪れるのは、週に一回であった。

 時折、勉強やクラブ活動で残っている学生たちと顔を合わせることもある。彼らは見慣れぬこの男のことを、どう思っているのか。まさか、学園では決して教えてくれないことを専門とする講師であるなど、予想もできないだろう。

「それでは、今日のレッスンを始めようか」

 彼が来る日、アズマはテオと机を並べ、生徒になる。

『僕、恋人なんていたことないんですから! あの人とふたりきりになるのは嫌です!』

 と、半泣きになったテオにせがまれてのことだ。いや、請われずとも室内で目を光らせるつもりではいたが、生徒としてディアンの講義を聞くつもりはなかったのだ。テオが嫌がったらすぐに中止して、内務大臣まで抗議しようと考えてのことであった。

 それがどうして、こんなことに。

「今週は、男同士でするときに大切な、愛液の代わりとなるものの実物を見せるよ」

 持参した鞄の中から取り出したのは、数種類の瓶である。茶色いガラスでできていて、光に当たると劣化する性質があるのだろう。世の中の多くの薬が入っているものと似ていた。ラベルの文字が濃いピンク色で、卑猥な文言が大きく書かれているのが、一般的な薬品との大きな違いである。

「それではアズマ殿。この瓶に書いている文字を読んでもらえるかな?」

 子どもに文字を教えるときみたいに、ディアンは優しい声で指導をする。アズマは唇を噛み、それでもテオにはこんないやらしい単語を口にさせるわけにもいかず、小さな声を発した。

「い、『イくイくジェリー~完熟ピンクでエロエロ×××~』です……」

 エロエロ、のあとはさすがに明るい時間の、しかも学園の教室で言うのは憚られた。女性器の名称であることは、アズマも、おそらくはテオも知っていた。耳まで真っ赤になって、聞こえるか聞こえないかくらいの微かな声ではあったが、今日のディアンは機嫌がいいらしい。

 これが、何かむしゃくしゃしたことがあったときには、何度も何度も繰り返し淫語を大きな声で言わされる。最低な男だ。

 どうしてこんな人間を派遣したのか。男同士の寝室マナーを教えるにしたって、もっと穏便な人選ができたはずだ。

 内務大臣に直談判しようと城に行っても、何かと理由をつけて会ってはくれない。宰相はもっと忙しい。

 シノブに調べさせた結果、ディアンが夜の街で成功した男であることがわかった。

『男も女もイケるクチで、店で働く娼婦はみんな、あいつの指導を受けるんだそうだ』

 気をつけろよ、と忠告をしてくれたシノブに、「もちろん、大切な花生みのことはこの身に代えても」と請け負うと、呆れられた。

『俺はお前に気をつけろって言ってんの!』

 などと説教をされたが、アズマはきょとんとするばかりであった。

 自分は身長も高く、骨格もしっかりしている。どこからどう見ても、硬い男の身体だ。両性ともに抱くことができる男だって、抱き心地がよくて、男らしさがあまりない相手を選ぶに決まっている。餌食になりそうなのは、まだ子どもらしさを残したテオの方である。

 いざとなったら拳に訴えてでも拒絶するから、と言ってシノブの追及を流れた。実際、アズマが受けているのは言葉による辱めだけだ。肉体的には、一切触れられていない。

「そう、このジェリーの原料は……」

 それに、たまには役に立つことを言う。

 とある植物の性質を上手く利用して、乾かずにずっと粘性を保ったままのジェルが作られることを初めて知った。

 セックスに使う道具ではなく、何か他のものにも応用が利くのでは? むしろ、すでに研究が進んでいるかもしれない。今度図書室で調べてみようとメモを取る。

「……というわけで、舐めても安全なんだ。セックスはペニスを挿入すればいいってものではない。体調の関係で、どうしてもアナルを使うのが難しいこともある。そういうときは、手や口を使ってお互いを高め合うだけでいい。そういうときに、口に入っても大丈夫な潤滑材を使っていると、安心だね」

 房中術についても、割と真面目に教えてくれていると思う。聞きなれない単語や、彼が持参した道具を男根に見立てて擦る練習には抵抗があるものの、愛し合うということの到達点がどこにあるのか、アズマの中で明確になっていく。

 できればテオには、痛みなく幸せな行為をしてもらいたいものだ。

 ちら、と横目で窺う彼は、顔をしかめていた。

「おっと、そろそろ時間か。それじゃあ、これはふたりにあげよう。この間渡したディルドを使っての練習の際に活かしてもいいし、もちろん自分に使っても構わない」

「自分に、って……」

「ペニスを使ったオナニーでも、アナルオナニーでも、どうぞお好きに。その場合はぜひとも、感想を聞かせてくれ。実はうちの会社で作っている製品でね。フィードバックがほしい」

 商魂たくましい男にあきれ果て、アズマは「こんなものいりません」と、拒絶することも忘れていた。

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