百合子(12)

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この章のはじめから

11話

 その後、百合子は病院へ行き、診断書をもらった。だが、課長を通じて下されたのは、警察への通報は待てという命令であった。

 あんな凶暴な女を野放しにしてはおけないと、百合子は主張したが、上は大きな事件にしたくないのだろう。文也が夏織と百合子の両方を説得して、示談に持ち込んでくれれば、と希望を抱いているのだ。

 だが、事件は新たな局面を迎える。

 翌日、休んで家にいた百合子は、買い込んでいたスナック菓子を貪りながら、テレビのワイドショーをつけていた。

 ペットボトルに直に口をつけて、コーラを含んだ瞬間、アナウンサーが神妙な顔をして、「次のニュースです」と告げた。

『……県佐野原市で、妊婦が刺殺されるという、ショッキングな事件がありました』

 佐野原? 地元じゃないか。百合子は、「やだなぁ」と独り言を言った。夏織が自分を傷つけた以外にも、こんな事件が起きていたなんて。

 それでもまだ、他人事だった。アナウンサーの声とともに、被害女性の写真が映し出されるまでは。

『死亡したのは、古河夏織さん、二十八歳。彼女は妊娠六か月の妊婦で、今月末、二十九歳の誕生日に、婚約者と入籍をする予定でした』

 百合子はショックを受けて、テレビを食い入るように見つめた。アナウンサーは淡々と、しかし興味を煽るように事件を報道する。

 目撃者も多い、白昼の事件だった。自宅マンション付近で刺されたという。犯行時刻から推察するに、百合子を傷つけて市役所から逃走し、すぐに殺されたようだ。

 犯人の名前がテロップに流れた。無職・長谷川彰、三十三歳。知らない男だ。

 だが、アナウンサーが「元交際相手」と枕詞をつけたことで、百合子はあの日、夏織から金を受け取っていた男の顔を、鮮明に思い出した。

 痴情のもつれが原因とみられている。テレビから、そう聞こえてきた瞬間、百合子は唇を笑み曲げた。

 そうか。やはり、あの男と切れていなかったのだ。どうにかして、男は夏織の住む場所を知った。そして押し問答の末に、殺したのだろう。

 自分の推測が当たっていたことで、百合子は高笑いした。スマートフォンが震えている。きっと、この事件について誰かが連絡してきたのだろう。確認する気にもなれなかった。

 いい気味だと爽快感すら味わっていた百合子だが、アナウンサーの言葉に、笑いを引っ込めた。

『古河さんは、婚約者の男性の目の前で……』

 文也の目の前で殺されたというのか、あの女は。夏織には一切同情しないが、文也があまりにも可哀想だ。

 百合子はスマートフォンを取り上げて、文也の番号を呼び出した。電源が切られている旨のアナウンスがされて、百合子は小さく舌打ちする。

 百合子は胸の内に、使命感が沸き上がるのを感じた。めぼしい芸能ニュースもないところに起きた大事件の当事者だ。メディアに追い回されて、泣くに泣けずにいるかもしれない。

 あなたの力になりたい。慰めてあげたい。抱き締めて、私の胸で思い切り泣いて、喚いてほしい。

 その気持ちに、打算がないとは言い切れない。弱った男を自分のものにしたい。

 百合子は電話を諦めて、メッセージを送った。

 返信は、その日の夜まで待ってみたが、なかった。

13話

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