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<12話
夏織の葬儀に、百合子は参列した。涙は一ミリも流れなかったが、同僚の突然の死に、参加しないわけにはいかなかった。
古河の家の両親の隣で、文也は焼香を済ませた参列者たちに、頭を深く下げていた。入籍はまだだったが、一緒に住み、子供も生まれる予定であったから、愛する妻を亡くした夫として、遺族の末席に立っている。
たった数日しか経過していないが、文也はやつれており、葬儀に参列した人間たちの同情を引いた。
焼香を終えた百合子は、彼の前で一礼するときに、「辛かったらなんでも話してね」と小さな声で言った。文也の反応はなかった。
まるで、何も聞こえていない様子だった。ほとんど機械的に礼をしているだけで、まだ彼は、婚約者を失ったショックのさなかにいる。
席に戻り、百合子は夏織の遺影を睨みつけた。文也の心を、この女はあの世に連れて行ってしまった。
焼香の際に、大号泣している女がいた。ごめん、私のせいで、と叫んでいた。職場の人間ではないから、夏織の友人だろうか。私のせい、とはどういうことだろうか。話を聞いてみたいと思ったが、この場を離れたところで、彼女は錯乱していて、話にならないような気がした。
結局、その女には近づくことすらできないまま、葬儀は終わり、百合子は帰宅して、喪服を脱いだ。
邪魔な夏織は、幸運なことに消えた。あとは文也の心の傷を癒し、彼のすべてを手に入れるだけだ。なのに、どうしてこんなにもやもやするのだろう。
部屋着に着替えるのも億劫で、下着姿のまま、百合子はベッドに寝転んだ。身体は疲れているが、線香の独特な匂いが沁みついて、頭は妙に冴えている。
百合子はまだ残っている傷に触れた。夏織が殺されるという大事件が発生してしまったため、彼女が起こした傷害事件のことは、誰もが忘れてしまったらしい。
百合子はあの日のことを思い出す。鬼気迫る夏織の表情にぞっとした。本当なら、今日葬儀が行われるのは、自分だったかもしれないのだ。大ぶりなカッターは、充分に人を殺せるだけの能力がある。
ぎゃあぎゃあと喚いている言葉の半分くらいは、興奮のしすぎで何を言っているのかわからなかったが、一つ気になる単語があった。
手紙。そう、手紙だ。あの女は確かにそう言った。
お腹の中の子供は、文也の子ではないというのはただの中傷文に過ぎない。だが、夏織は一笑に付すことができず、心を病んだ。
百合子は、そうなる可能性があることを知っていた。自分の保身を考えた結果、行動には移さなかったけれど、代わりに誰かがやってくれたとしたら?
カレンダーを見る。明日はちょうど、土曜日だった。
>14話
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