百合子(13)

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この章のはじめから

12話

 夏織の葬儀に、百合子は参列した。涙は一ミリも流れなかったが、同僚の突然の死に、参加しないわけにはいかなかった。

 古河の家の両親の隣で、文也は焼香を済ませた参列者たちに、頭を深く下げていた。入籍はまだだったが、一緒に住み、子供も生まれる予定であったから、愛する妻を亡くした夫として、遺族の末席に立っている。

 たった数日しか経過していないが、文也はやつれており、葬儀に参列した人間たちの同情を引いた。

 焼香を終えた百合子は、彼の前で一礼するときに、「辛かったらなんでも話してね」と小さな声で言った。文也の反応はなかった。

 まるで、何も聞こえていない様子だった。ほとんど機械的に礼をしているだけで、まだ彼は、婚約者を失ったショックのさなかにいる。

 席に戻り、百合子は夏織の遺影を睨みつけた。文也の心を、この女はあの世に連れて行ってしまった。

 焼香の際に、大号泣している女がいた。ごめん、私のせいで、と叫んでいた。職場の人間ではないから、夏織の友人だろうか。私のせい、とはどういうことだろうか。話を聞いてみたいと思ったが、この場を離れたところで、彼女は錯乱していて、話にならないような気がした。

 結局、その女には近づくことすらできないまま、葬儀は終わり、百合子は帰宅して、喪服を脱いだ。

 邪魔な夏織は、幸運なことに消えた。あとは文也の心の傷を癒し、彼のすべてを手に入れるだけだ。なのに、どうしてこんなにもやもやするのだろう。

 部屋着に着替えるのも億劫で、下着姿のまま、百合子はベッドに寝転んだ。身体は疲れているが、線香の独特な匂いが沁みついて、頭は妙に冴えている。

 百合子はまだ残っている傷に触れた。夏織が殺されるという大事件が発生してしまったため、彼女が起こした傷害事件のことは、誰もが忘れてしまったらしい。

 百合子はあの日のことを思い出す。鬼気迫る夏織の表情にぞっとした。本当なら、今日葬儀が行われるのは、自分だったかもしれないのだ。大ぶりなカッターは、充分に人を殺せるだけの能力がある。

 ぎゃあぎゃあと喚いている言葉の半分くらいは、興奮のしすぎで何を言っているのかわからなかったが、一つ気になる単語があった。

 手紙。そう、手紙だ。あの女は確かにそう言った。

 お腹の中の子供は、文也の子ではないというのはただの中傷文に過ぎない。だが、夏織は一笑に付すことができず、心を病んだ。

 百合子は、そうなる可能性があることを知っていた。自分の保身を考えた結果、行動には移さなかったけれど、代わりに誰かがやってくれたとしたら?

 カレンダーを見る。明日はちょうど、土曜日だった。

14話

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