百合子(4)

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この章のはじめから

3話

 もともと連休は、文也と一緒に食べ歩きをしようと思ってあけていた。失恋の痛手を癒すべく、百合子は連日連夜、二人で行きたかった店に遊びに行った。

 最初のうちは、それも楽しかった。短大時代の友人のほとんどは結婚していて、なかなか会うことができないが、まだ百合子と同じく独身を謳歌している友人たちと集まって、女子会と洒落込んだ。

 よくこんな店知ってるね、とセンスのよさを褒められて嬉しかったが、文也とのゴールインを夢見て必死になって探したことを思い出すと、憂鬱の影が襲ってくるのだった。

 女子会に来られる人数が、一人減り二人減り、明日から仕事だという今日に至っては、誰も捕まらなかった。

 百合子はカップルだらけの鉄板焼き店で、一人でステーキを平らげ、会計を済ませた。

 今頃、文也は夏織と、甘い夜を過ごしているのだろうか。

 嫌な想像を打ち消して、百合子はずんずんと、肩を怒らせて予定していたバーへと向かった。

 サイトで見た内装よりも、シックな印象を受けた。女一人ということで、扉を開けるときにはびくびくしていたが、バーカウンターでカクテルを作る髭の生えた男性が、百合子を認めてにっこりと笑って招いてくれたので、ほっとした。

 照明はギリギリまで落とされて、金魚の泳ぐ水槽が、淡いブルーにライトアップされ、間接照明の役割を果たしている。幻想的な光景に、百合子はうっとりと見惚れていた。

「まるで空飛ぶ金魚だわ」

 思わず、口に出していた。はっとして視線を向けたマスターは、「ありがとうございます」と穏やかに微笑んでいた。

 優雅にたゆたっている金魚たちは、ひらひらと尾びれを揺らめかせている。赤いドレスを纏って踊っている。

 お任せで頼んだこの店のオリジナルのカクテルは、青から紫へのグラデーションが美しく、グラスの底近くは、オレンジ色が燃えていた。

 飲むのが勿体ない。そう思ったが、きゃあきゃあとはしゃぐ相手もおらず、百合子は黙って、酒を呷った。

 見た目どおりの蜜のような味が口いっぱいに広がるが、見た目以上にアルコール度数も高い。舌触りはよいが、喉の奥はカッと熱くなった。それがまた、癖になる。

 百合子はそれから、同じカクテルをおかわりし続けた。途中からは、味わうのではなく流し込み、喉を焼き、痛めつけることが目的になっていた。

 マスターも「お客様。もうこれ以上は」と止めようとするが、百合子は聞き入れなかった。

「私には、お酒しか、ないのよぉ」

 友人たちとの女子会でも、百合子は自分が失恋したことを、告白できないでいた。在学中に、彼女たちの恋愛トークを真面目に取り合わず、「ばかみたい!」と見下していたツケが回ってきた。

 今更恋愛に関する愚痴を言ったところで、スルーされるに決まっている。百合子はそう思って、いつもどおりに振舞ったのだ。

「マスター、もういっぱいぃ」

 呂律が怪しくなってきたが、まだ飲み足りない。渋々マスターが作ったカクテルグラスを掴もうとした百合子の手を、誰かの手が制止する。

 重ねられた掌は、硬く、大きかった。男の手だ。指先に熱が伝わってくる気がしたが、酒のせいの勘違いかもしれない。

 恐る恐る百合子が顔を上げると、そこには若い男がいた。彼は人懐こい笑みを浮かべると、

「お姉さん。話なら俺が聞くからさ。もう、お酒はやめときなよ」

 と、百合子の心を見透かして、誘いかけてきた。

 普段の百合子ならば、もう少し怪しむ。そして、文也への想いがブレーキになって、初対面の軽薄なノリの男に、気を許すことなんてない。

 だが、今の百合子はどうしようもない孤独を抱えていて、酒で理性も飛んでいた。

 みるみるうちに涙が溢れ、青年の姿が見えなくなる。

 百合子はすべて、吐き出してしまおうと思った。

5話

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