花食みの王子は、夜桜の愛を咲かせる(1)

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花食みの王子は、夜桜の愛を咲かせる

 ガートゥン王国の春は、溶けかけた雪の中、ひっそりと姿を現す福寿草ふくじゅそうから始まる。

 曇天の冬がもうすぐ終わると告げにきた、小さな使者を一番に見つけた人間には、幸福が約束されるという。

 そして雪が跡形もなく消えると、今度は一気に盛りを迎える花、花、花――……。

 いつの季節も美しいが、春のガートゥンこそが、真の姿である。

 そんな美しい国を治める王家に忠誠を誓うアズマは、初々しい新入生たちを見て、そんな風に思った。揃って十五歳、七人の少年少女たちは皆、緊張して縮こまっている。

 こういうときに、笑い話のひとつでもしてリラックスさせることができればよいのだが、あいにくアズマは、鉄板のネタというものを持ち合わせていない。この春から王宮へ出仕したり、領地経営にを実地で学んでいるかつての同級生たちからは、「つまらん奴」と、烙印を押されていた。

 そのため、アズマはただ黙って、頭の中に入れた身上書と、実際の彼らとを照らし合わせる作業に没頭していた。時折目が合うが、無表情のアズマの機嫌を取るべく、愛想笑いを浮かべる。あるいは、黒髪に黒い瞳を恐れ、青い顔をして俯くかのどちらかであった。

「やぁ。遅くなってすまないな」

 入学して間もない生徒たちが集められた談話室に、ノックもせず我が物顔でのんびりとやってきた男を、アズマは小走りになって出迎える。

「なんだ、アズマ。君という人間がいるのに、ちっとも盛り上がっていないじゃないか」

 軽口を叩く主人の名は、リカルド・ローゼス・ガートゥン。

 ガートゥン第二王子、その人である。

 学園の最高学年である三年生の若き王子は、五分少々の遅刻をそれ以上謝罪することなく、威風堂々と振る舞った。光り輝く金の髪はさらりとなびき、夏空を映したような瞳を持つ彼は、並外れた美丈夫である。

 学園は王宮に比べて、距離が近い。特にリカルドは、王族の中でも比較的気安い男である。貴族の序列も、財産の有無も関係ない。

『もしもし、落とされましたよ』

 と、廊下で拾ったハンカチを、前を行く学生に手渡す。もちろん、レディに対して笑いかけるのは男のたしなみだ。至近距離でそんなものを食らって、倒れるご令嬢が年に数人は出てくる。

 美貌だけではなく、上に立つものとしての風格も兼ね備えた彼を、兄王子よりも王の器であると称する者もいる。

 だが、彼を王太子として立てることは、決して叶わない。ガートゥンの国民であれば、誰もが知る掟に、彼は縛られている。

「恐れながら、殿下。場を温めるというのは、剪定師わたくしの仕事ではございませんので」

 真面目くさったアズマの礼を一瞥し、不満そうに鼻を鳴らしたリカルドは、並べられた七人の前に出て、こう言った。片眉だけ器用に持ち上げて、面白そうだと言わんばかりの表情で。

「さて、この中に私のブーケはいるかな?」





 ――ガートゥン王国には、一定数、特殊な性質の子どもが生まれてくる。

 身体の一部から花が咲く【花生み】と、その花を摂取することを好む【花食み】だ。花の王国とうたわれるガートゥンでは、異能力ではあっても忌避されることはなく、むしろ歓迎される。

 花生みはもちろんだが、花食みは、その体液が、花生みにとっての最高の栄養剤となる。花に生命力を吸い取られるのか、虚弱体質であることが多い花生みたちを健康にし、生み出す花をより一層豪華に、鮮やかにするという点で、花を愛する国民から両者ともに歓迎されていた。

 そしてこの特殊体質は、王族も無関係ではなかった。

 花食みとして生まれた王子や姫は、成人すると同時に王家の籍から抜け、新たな家を立ち上げる。一代限りの公爵家となり、花の館と呼ばれる屋敷で暮らし、まつりごととは一線を引く。

 来年にはローゼス公爵として立つ、リカルドは花食みであった。

「殿下。お分かりかと思いますが、今年の新入生たちがラストチャンスでございますからね」

 談話室から花生みの新入生たちは退出し、リカルドとアズマはふたりきりである。少しの小言は許されたい。

 花食みの王族は、学園で過ごす三年の間に、生涯のパートナー……ブートニエールとなる花生みを見つけるのが習わしだ。政治に関わらないということは、何のしがらみもなく相手を選べるということでもある。一生見つからない、ということはほとんどない。記録によれば、誰も彼もが、基本的には学園生活の中で運命的な出会いを果たしている。

「わかっているさ。だが、どうもピンとこないんだよ」

 緊張しつつ挨拶をこなした花生みたちは皆、初々しく愛らしかった。花食みの王族の在学中は、身分の貴賤に寄らず、国じゅうの花生みは例外なく、学園預かりとなる。

 七人のうち、三人は貴族だったが、四人は平民である。後者の子どもたちは特に、付け焼刃で叩き込まれたマナーを思い出そうと四苦八苦しながらであった。

「だからといって、彼らとお話をしていただかないと、困ります」

 一生懸命に自分をアピールする彼らを哀れに思い、アズマは溜息をついた。

 この二年ずっと、リカルドは花生みたちを前に、つまらなさそうにしていた。自身が新入生であったとき、上級生とも同級生とも積極的に話をせず、剪定師――花食みと花生みの仲立ちをし、必要であれば花生みの子どもたちを適宜賞罰し、導いていく立場――のアズマにばかり、話しかけてきた。

 まさか最上級生になってまで、同じように振る舞うとは思わなかった。

 柔和な笑みだけは欠かさないから、世慣れていない新入生たちは、自分がリカルドに歓迎されていると思ってくれたかもしれないが、そんなことが通用するのは最初だけだ。

 これまでも、何度も説得してきた。

 花生みを大切にしてください、あなたと生涯の縁を結ぶ相手となるかもしれないのですよ、と。

 なのに、リカルドは飄々として、アズマの説教を聞いているのかいないのか。

「このままですと殿下、あなた、花の館で寂しい老後を送ることになっても知りませんよ」

 花生みと花食みは心の底から求め合い、愛し合う互いを「我が花」「我が鳥」として、契りを交わす。そうすると不思議なことに、つがいの花や体液以外を受け付けなくなる。

 このブートニエールと呼ばれる関係は、通常の婚姻制度と異なり、破棄することができない。

 花食みは感情の制御がきかない人間が多く、花生みの愛情によって落ち着くことが多い。花生みは花食みの体液によって寿命が延びる。互いにメリットが多いことから、花生みと花食みは惹かれ合う。

 リカルドは今のところ、情緒が安定している付き合いやすい人間だが、それでも時折、寂しそうに虚空を見つめていることに、アズマは気がついていた。大抵、自分が忙しく立ち働いている最中で、彼の話すらまともに聞いてあげられないときであった。

 どうか、この人の孤独を埋めてくれる花生みがいますように。

 自分はそうはなれないから。

 毎日祈っているのだが、当の本人にいまいちやる気が見られないのが、本当に困りものだ。

「どうせまだ、彼らの身上書もご覧になっていないのでしょう? 持ってまいりますから、この場で目を通してください」

 優秀な第二王子は、速読も得意だ。七人分の資料など、大した分量ではない。

 剪定師の任務中、学園の職員寮に世話いなっている。自分の部屋に置いてある紙束を持ってこようと、談話室から退出しかけたアズマを、リカルドは呼び止めた。

「まだなに、か……」

 若干の苛立ち紛れに振り向く。この国では、アズマの生家であるイザヨイ家とその分家にしか発現しない黒い髪。そしてこちらも、ガートゥン貴族らしくなく、長く伸ばしたうえに高い位置で括った髪型。アズマの動きに合わせてふわりなびいた絹髪を、リカルドは捕まえた。

「対の花が見つからずとも、君はずっと、俺に仕えてくれるんだろう?」

 だから、老後も決して、寂しくなんかならないさ。

 唇に浮かべた微笑みは、どこかいたずらを思いついた子どもみたいだった。出会ったときとは背の高さも逞しさも違うけれど、根っこの部分では何も変わらない。

「なぁ、アズマ?」

 そしてそのまま、彼はアズマの髪に軽い口づけをした。淑女に跪く騎士のごとく、恭しい様子で。

 頬に熱が集中するのがわかった。息を飲んだアズマは、「そうですね。私はそのためにおりますので!」と、早口に言うだけ言って、部屋をようやく出ることができた。

 二歩、三歩と廊下を進む。ズンズン、と形容できるだろう。できる限り、肩で風を切るように。

 けれども突き当たりで、アズマはずるずると壁にもたれた。

「おおい、アズマ? どうした?」

 タイミング悪く、よく知った声がかけられる。その手には、今から取りに行こうとしていた身上書の束が握られている。仕事のできる男である。だが、今このときだけは、頭を冷やすべく、一度部屋に戻りたかった。

「シノブ……」

 ほら、と渡された紙束とともに、彼の顔が近づいてくる。突然のことに、身体ごと引いた。

「何をするつもりだ!?」

「いや、顔赤いから。熱でもあるのかと思って」

 親戚かつ幼馴染である男は、動作のひとつひとつが突拍子もなく、距離が近い。ベタベタした付き合いをしてこなかったアズマは、シノブの身体を押して拒絶した。

「大丈夫だ」

「本当に?」

 疑いの眼を向けてくる彼を、じっと見つめる。ほとんど身長は変わらない。自分と少しだけ似ている、少し明るい色の瞳は、すべてを見透かそうとしてくる。

「ほら、行けよ。私に構っている暇なんてないだろう」

 彼は「へいへい」と、頭の後ろで腕を組んだ。

「ま、なんかあったら言えよ。俺とお前の仲だ」

「ああ」

 アズマが頷くのを見届けたシノブは、音もなくその場を離れた。背中を見送り、アズマは溜息をつく。

 シノブと喋ったことで、少し落ち着いた。頬の赤さも、おそらくマシになっていることだろう。

(まったく、あのお方は私の気などひとつも知らないで――……!)

 一瞬掠めた唇のことを思い出すと、触れられた髪の毛が、燃えるように熱くなるのを感じた。

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