函館駅前おしゃべりランチへようこそ 

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ライト文芸

プロローグ

 東京の夏にはもう慣れたつもりだったけれど、今年は特に暑い。エアコンの効いた屋内と比べて、外は地獄だ。

 内勤だし、昼はお弁当を作ってきているから、就業時間内に外出することは滅多にない。

 勤務中はずっと白衣で、特に服装規定はない。行き帰りを快適に過ごせる服で通勤すればいいところを、お気に入りのワンピースで来たのは、今日が久しぶりのデートだからだ。

繁明しげあきさん、お待たせ。ちょっと時間かかっちゃった。ごめんね」

 一度メイク落としですべてきれいにして、いちから化粧をし直したから、時間がかかってしまった。待ち合わせは会社が入っているオフィスビルの入り口。スマートフォンを見ていた彼は、ちらりと私の方を見た。

「ああ」

 言葉数が少ないことに、違和感は覚えなかった。彼は、というか、大抵の男の人は私と比べて寡黙である。見た映画の感想も、テーマパークの待ち時間も、ずっと私が喋り続けている。沈黙が苦にならないのがいい関係だとは聞いたことがあるけれど、どうもムズムズして駄目だった。

 スマホをポケットにしまった彼は、さっそく歩き出す。慌てて追いかける。帰りにレストランでデートだからと、張り切ってヒールの高いパンプスを履いてきた私には、速すぎるスピードだ。繁明は、一切振り返らずに前を行く。

 社内恋愛を隠しているわけじゃない。禁止されていないから、私の方は堂々とお付き合いを宣言している。

 ――いつもなら、私が速く歩けないときには、腕を組んで一緒に歩いてくれるのに。

 予約時間が迫っているんだろうか。でも、優秀な営業マンである彼が、終業時刻から余裕のない時間に店を予約するなんて不手際。

 ……もしかして、マリッジブルー?

 なくはない話だった。秋の終わりには、私は仕事を辞めて、繁明と結婚することになっている。式場もドレスもすでに決まっていて、私は彼の両親との関係も良好。なんの憂いもない。

 逆に繁明の方がプレッシャーを感じていて、結婚生活に明るいビジョンを描けなくなっていることはじゅうぶん考えられる話だ。まだ若い会社で、創業メンバーのひとりである彼は、三十二歳にして、営業部を任されている部長だ。責任感の塊のような人間なのである。

『疲れたときに、まひるの料理を食べると元気になるよ』

 そう言って、どうか専業主婦になって、自分を支えてほしいとプロポーズしてくれた日のことを、昨日のように思い出す。そのときにもらった指輪には、キラキラとダイヤモンドが光っていて、仕事中はつけられないから閉まっているけれど、今は――……。

 私は左の薬指を見た。

「あ……れ?」

 空っぽの指。ピンクゴールドの美しい指輪が、そこにはない。

「あ、あれ? どこかで落としたのかな? ねぇ、繁明さん! 繁明! 待ってよ、私、指輪……!」

 焦り、立ち止まった私は必死で彼に呼びかける。けれど繁明は、立ち止まらない。振り返らない。

 私の声など、まったく聞こえていないみたいに……。

「ねぇってば!」

 ワンピースがぐちゃぐちゃになるのも厭わずに座り込み、指輪を探す私。小さくなっていく、繁明の背中。最後に声の限り叫んだとき、彼の冷たい声が、頭に響いた。

「お前はおしゃべりすぎるんだよ」

第一話①

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