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<9話
問題はもう一人の方だ。
仙川恵美は副業・スクールカウンセラーだ。本業は呉井家の使用人だか執事だか。円香お嬢様をお守りすべく、学校務めをしているという、とんでもない奴。お嬢様に変な虫がつかないように、ただでさえ切れ長の目を鋭く光らせている。呉井さんと話している最中に、何度か肩が触れ合いそうになっただけで、射殺されるほど睨みつけられたこともある。
もしも彼の耳にまで届いていたとしたら……言い訳をする暇もなく、殴り飛ばされるに違いない……いや、八つ裂きかな?
とにかく、否定しよう。本人の口から強く否定すれば、噂も沈静化するはずだ。俺は考え考え喋る。勢いまかせの考えなしに話をするのはいけない。
「俺なんか、呉井さんと付き合えるはずないだろ。それにまだ、転校してきてそんなに経ってない。好きになるほど、俺は彼女のことを知らないから」
うん。こんな感じなら、いいかな。
クラスメイトは顔を顰めて、
「知ったところで、あんな女、好きになるこたないと思うけどな……」
と言う。俺は何も言わない。笑顔とも真顔ともとれる曖昧な表情で、相槌すら打たずに聞いているだけだ。俺は自分の身が可愛い。
「何せ、クレイジー・マッドだぜ? そりゃ顔は普通より可愛いし、スタイルもいいけどさ。頭狂ってんだろ、ありゃ」
俺は反応しない。一方的に俺に対して話しかけているけど、周りで聞いているだけのクラスメイトも、おおむね同意しているのだろう。
「前世とか異世界とか、ラノベやアニメのオタクかよ」
この場にいない呉井さんを嘲笑う口調に、ラノベやアニメのオタクそのものである俺は、密かに傷つく。でも、表情を変えてはいけない。こいつはオタクを下に見ている。俺がオタクだと知れば、格好の材料を与えることになってしまう。
「現実との区別がついてない、クレイジーな奴が犯罪に走るんだよな。呉井とか頭いいし、テロとかやりそう。こえー」
さすがにこれは、聞くに堪えない。言いすぎだろ、と口を開こうとしたけれど、俺の手番はなかった。
「おはようございます」
俺の席は、連休明けに席替えをするまでは、廊下側の一番前。すなわちその場にいる俺に話しかけているということは、最も出入口に近いということ。そして俺にちょっかいを出しているクラスメイトは、俺の前に立っている。
>11話
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