クレイジー・マッドは転生しない(55)

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クレイジー・マッドは転生しない

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54話

 そう指摘すると、ばつが悪いという顔で山本は言う。

「ずっと悪いとは思ってたんだよ。お前、結構長いこと包帯してたし。でも、時間が経つうちにどんどん言えなくなって……」

 山本の心境には、覚えがある。喧嘩して、お互いに意地張って謝るタイミングを失ったことがある。まぁそれも、小学生のときだが。

 勉強第一で生きてきた山本には、子供の頃にそういう経験もないんだろう。ぎゃあぎゃあ騒いでいる同級生を見下して、一人で塾に通っていたに違いない。だから謝るタイミングもわからず、今になって言い出した。

「夏休みになったら、もう絶対言えないと思ったから。今が最後のタイミングだったんだ。その、テスト勉強にも集中できない」

 ラストのが本音かな、と思う。腹を立ててもいいのかもしれない。でも、山本らしくていいんじゃないか、と思わなくもない。

 ……っていうか、テスト。

 急に青ざめた俺に、山本が慌てる。

「ゆ、ゆゆゆ、許してもらえるとは思ってないけど……!」

「いや、違う。違うんだ。あああ……テストかぁ……」

 呉井さんの巻き込まれた事件の解決に動いたせいで、頭からすぱーんと抜け落ちていた。当の本人の彼女は、楽勝だろう。普段から、予習復習をしていれば特別なことは必要ないんじゃないですか……とか言いそう。てか、たぶん絶対そう思っている。

 脅迫されて勉強どころじゃなかっただろう柏木も、勉強はしていないだろうが、彼女はもともと学業成績を重視していない。危機感なんてゼロだ。

 俺? 俺はただの凡人です。学校の成績も気になるけど、毎日真面目にコツコツなんてできないタイプです。

「何、明日川、テスト勉強してないのか?」

「もう駄目かも……一日目ってなんだっけ?」

 そこからかよ、と山本が呆れた顔をしている。数学と化学と音楽、と即答されて、絶望する。数学と化学が一緒の日で、しかも一日目とか、ド文系の俺を殺しに来ているとしか思えない。

 廊下でガチで落ち込んでいる俺に、天使の声が聞こえた。

「お、教えてやろうか?」

 がばりと顔を上げると、照れた山本は眼鏡の位置を何度も直し、視線を合わせない。

「僕は理系科目得意だし、その、誰かに教えることで自分の復習もできる……」

「よろしくお願いします!」

 俺は山本の手を握った。あまりにも哀れな顔をしていたせいだろうか。山本は、こらえきれない様子で噴き出した。一瞬で、彼の側のわだかまりはなくなった。あるのは俺の側の事情で。

「……俺もごめんな」

 突然の謝罪に山本は目をぱちくりさせている。

「俺、山本のことあんま好きじゃなかった。でもそれって、俺がお前のこと知ろうともしなかっただけなんだよな」

「明日川」

「だから、ごめん」

 頭を下げた俺に、山本が慌てている様子だった。

 思い込みで彼を脳内で犯人に仕立て上げて、証拠のひとつもないのに、軽蔑していた。それは俺の恥ずべきところだ。

「山本は罪滅ぼしのつもりでテスト勉強見てくれようとしてんのかもしんないけど、俺も結構、お前に対してひどいこと考えてた。お互い様なんだ」

 そして顔を上げる。

「もしよかったらだけどさ……友達として、テスト勉強見てくれないか? その方が、気兼ねなく厳しく教えられるだろ、お前も」

 友達、という響きに山本は笑った。卑屈な笑い方じゃない。自然な、年相応の少年の笑顔だった。いいよ、という気持ちが籠った拳で、軽く肩を殴ってくる。

 俺が山本と親しくしている姿を見ることで、クラスの雰囲気も変わるかもしれない。山本の態度が軟化すれば、からかわれることも減る。第一、自分から友達になろうと言った手前、俺は山本をかばうつもりでいる。

『柏木さんは、わたくしの大切なお友達』

「友達……」

 呉井さんの言葉が脳裏に蘇る。

 友達なのに、柏木を脅した相手には大した報復行動を起こさなかった呉井さん。俺だったら、一発くらい殴っている。「大切だ」と言うのなら、余計に。

 自分の手帳を破った相手には、ぞっとするほど毅然とした態度で断罪に臨んだのとは、対照的だった。彼女の中では、柏木よりも手帳の方が優先順位が高い。

 いや、手帳そのものではないのだろう。

 呉井さんが大切そうに抱いたのは、一枚の写真。呉井さんに似た美しい少女。あの写真が傷つけられることを、一番恐れていた?

「明日川? そろそろ教室戻らないと……」

「ああ、うん」

 瑞樹先輩の言いたかったことを理解した。確かに、罪状と罰が見合っていない。

 きっと、呉井さんの今には、あの少女が深く関わっているに違いない。

 いつか調べなければならない。そう、いつか……。

 とりあえず今は、定期テストを頑張らなければならない。溜息をついて、俺は山本の後ろをついていった。

56話

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