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<53話
呉井さんは静かに怒っていたし、柏木は自分がオタクであることを隠さない生き方を選び、俺たちとの友人関係を表に出すようになった。それはいい変化だと思う。
「なんて言ったらいいかわかんないけど……柏木のこと脅してた奴を追いつめたとき、なんか変な感じがしたのは、確かです」
喉の奥に小骨が引っかかったような、些細な違和感だった。痛いわけではないから、気にしないで放っておけば、いつか消えてなくなる類のものだ。瑞樹先輩に尋ねられなければ、忘れてしまっていたに違いない。
「僕は法律を勉強したことはないから、感情論になってしまうけれど」
そう前置きしたうえで、瑞樹先輩は俺の抱く違和感を読み解くヒントを与えてくれる。
「罪状と罰が、本当に釣り合っているのかな、と僕は思うね」
「罪と罰……」
繰り返す俺の肩を叩き、瑞樹先輩は教室へと戻って行った。彼は一から十まで、すべてを教えてくれるタイプの人ではない。教えてくれてもいいのにな、と思うことも多々ある。思わせぶりなことを言うだけ言って、俺は結局、何も聞くことができずにいる。
呉井さんと仲良くなっても、肝心なことは知らない。軽い調子で尋ねてみてもいいのに。
「呉井さんはどうして異世界転生したいの?」
って。
でもその前に、考えろと瑞樹先輩は言いたいのだろう。俺が不用意な発言をして、大切な少女を傷つけてしまわないように。
「罪と罰、か」
自分の教室までの道のりをゆっくり歩いて帰る。
手帳事件もペンケース事件も、動機は呉井さんへの逆恨みだ。彼女自身は何もしていない。好きな男子が呉井さんに恋をしたから。呉井さんが恵まれすぎているから。同情の余地なんてない。ただ、呆れるだけだ。
二人の間の違いは……と考えたところで、肩を叩かれた。振り向いて、「げ」という顔を作りそうになった。うまく取り繕うことができたのか、相手は「何度呼べば気づくんだよ、明日川」と呆れ顔である。
「山本。なんだよ」
毎日毎日、担任が来るまでの時間は机に齧りついて、勉強しているんじゃなかったのかよ。この時間帯に彼が、トイレ以外の理由で出歩いているのは珍しい。
言葉が少しとげとげしくなるのは、山本が悪いわけじゃなくて、今となっては俺の問題だった。怪我をさせられた恨みが募って、勝手に犯人扱いしていた自分が後ろめたいせいだ。面と向かって疑いをぶつけたわけじゃないから、謝罪することもできずにもやもやしている。
「ちょっと、教室じゃ話しづらくて……」
頭をポリポリと掻きながら、歩みは止めない。もうすぐショートホームルームが始まる時間だ。廊下から生徒の姿が少なくなる。そのタイミングを見計らって、山本は俺に頭を下げた。
「す、すまなかった」
突然の謝罪にびっくりする。しばらく頭を上げない山本に、どうやら許可を求めているらしいと感じ取り、「いや、頭上げてくれよ」と言うと、ようやく彼は俺と向き合った。
「いきなりなんだよ」
「遠足のとき、怪我させただろ。今更だと思うけど、本当に悪かった」
いったいどんな心境の変化だろう。気まずそうな雰囲気ではあったけれど、こいつは絶対に、俺には謝罪するつもりがないと思っていた。
>55話
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