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<11話
それから、毎日仕事終わりに香貴の家に出向き、花瓶の花の手入れをする日々が続いた。さすがに延命剤の量については口を酸っぱくし、「腹いっぱいのところに、大量にステーキ持ってこられたらどうなる?」という例え話も効いたのか、用量を守るようになった。毎日水を替えたそうにはしていたが、これもなんとか抑え込んでいる。
ただ、一センチずつ茎を切るという作業だけは今も、痛ましい目で涼の手つきを見守っている。バチン、とハサミが大きな音を立てるときには、見ていられないとばかりに、ぎゅっと目を瞑る。
先はまだ長いな。遠い目をしていたら、香貴が今思い出したとばかりに、
「明日から小屋入りで、帰り遅くなるから、来なくて大丈夫」
と言う。
お前、そういうことはもっと早く言え! と、涼は彼の頭を小突く真似をする。あくまでもフリだ。舞台本番まで間もないのに、せっかく頭に入れたセリフが飛ぶようなことはできないという、なけなしの気遣いであった。
「そんなら、今日は花、持ってこなかったのに」
ぶちぶち言いながら、せっかく準備した花を再びまとめ、紙にくるくる包んで持ち帰ることにした。活けてもらってもいいのに、と香貴は言うが、ここは師匠として譲れない。
「お前、仕事に集中すると自分のことすらおろそかにするんだから、花の世話なんてできるわけがねぇだろ」
何せ、出会いが行き倒れたところを拾われたなどという、情けない姿なものだから、香貴に反論の余地はない。
「うう。でもバラ……」
「劇場にいっぱい贈られてくんだろ」
小さく呻いてしょぼくれる彼の頭をポンポンと撫でて慰めながら、涼の脳裏にはちょっとしたいたずらのアイディアが浮かんでいた。
>13話
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