「あんた、せっかく可愛い顔してるんだから、もっと愛想よくしたら?」
これが母親の言であったなら、涼は「うるせー」と、反抗期の少年のように悪態をついていた。
しかし、目の前にいるのは父の代からのお得意様。庭に植わっているバラの大半は、彼女に請われて、父が特別に苗を仕入れたものである。涼の代で付き合いを終わらせるわけにはいかない。
年寄りはとにかく、若者への説教が好きなもの。へいへいと殊勝に聞いているフリをして、やり過ごすに限る。
「なんていったっけ? ほら、あのエヌエッチケーの番組に出てる、なんとかっていう役者みたいにさ」
脳裏に、母が毎回録画している園芸番組がよぎった。強制的に一緒に見せられるのだが、いい年をした女親が、息子と同世代の男にきゃあきゃあとミーハーを発揮しているのは、なんとも言えない気持ちになる。
そのため、涼はナビゲーターを務めている俳優のことが好きではない。なのに知っているという矛盾。
名前が錦織香貴という仰々しいものであること(ちなみに本名)。誕生日が十二月三日であること。端正で、イケメンというよりは男前と形容したくなる凜々しい美貌。その割に性格が天然だということ。名前と外見以外は、母からの受け売りである。
「わかったわかった。善処しますよって」
今日の注文の仏花を手渡し、料金を受け取る。その間も、老女の口は止まらない。
「そんな派手な頭して、お父さんが天国で泣くよ。それに比べてあの子は真面目ないい子でねえ」
女という生き物は、老いも若きもおしゃべりが過ぎる。ようやく解放されたときには、十五分以上が経過していた。この家の順番を後回しにすることは、涼が店を継いでから、最初に学んだことだった。
「じゃ。また頼んます。あざっした」
丁寧に挨拶をしないのは、最後の悪あがきだ。まだ何か言いたげであった老婦人に背を向け、涼は止めてあった車に乗り込んだ。
>2話
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