断頭台の友よ(37)

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36話

 二人きりにされると、にわかに緊張してきた。クレマンは、友人と屋敷の主を見送る。執事のシモンも、あちらについて行ってしまった。

「クレマン様」

「は、はい!」

 声が上擦った。振り返ると、マノン・カルノーは「ごめんなさいね。うちの主人が強引で」と苦笑していた。緊張しているのは自分だけだった。ここにいるのは男と女ではない。医者と患者である。村の若い娘の診察をするときに、動悸が激しくなったりはしない。同じことだと言い聞かせる。

 落ち着きを取り戻したクレマンは、「いえ。それを言うなら、オズヴァルトの方でしょう」と、マノンに向き合った。

 マノン・カルノーという女性は、絵画のモチーフに選ばれる三女神――太古の作り話だ。この世を創り給うた神は唯一、男も女もないのだから――の中でいえば、豊穣の女神の化身のような女性であった。

 ふっくらとした丸い顔に、広い額。秋の小麦畑のような豊かな金の髪は、私的な場ゆえにか、ゆるりと垂らしたままだ。春の若草の目は、クレマンに対しても、友情を抱いてくれているらしい。イヴォンヌやブリジット、若い女性の折れそうなほど細い腰ではないが、代わりにたわわな乳房を持つ。顔を埋めたいと思う男も多いだろうな……自分は断じて、そんな不埒なことは考えないが。

 誰に対しても、分け隔てなく愛情を注ぐ母性の持ち主であればこそ、オーギュストは妻とオズヴァルトの間にあるものが、男女の仲ではないということを確信し、自身も親交を持つに至ったのであろう。

「よろしくお願いいたしますわ」

「はい。私にできる限りのことをいたします」

 あらかじめオズヴァルトに言われていたので、いくつかの薬の原料を持ち込んでいた。混ざり合わないように革袋や、材質に合わせて木や鉄でできた薬箱に入れている。

「眠れないというのは、どのくらい前から始まっていますか?」

 質問事項は決まっている。いつから不眠なのか。どのくらいの間眠れないのか。目覚めの気分はどうか。前日の疲れは解消されているのか。日中、眠くて昼寝をしてしまうことはないか。

 それらの答えを総合して、クレマンは薬の処方を決めるとともに、健康指導を行う。最初のうちは多めに眠り薬を処方するが、使い過ぎはいずれ、効果が薄れていく。人間の体というのはうまくできているもので、異物への反応も慣れるにしたがって変わっていくものなのだ。だから、薬がなくとも眠りにつくことができるように、生活習慣を整える必要がある。

「ご自身で、不眠の原因はなんだか予想はついていらっしゃいますか?」

 それまで淀みなく、クレマンの目を見てはっきりと答えていたマノンが、初めて口を閉ざした。紅が塗られた小さな口がきゅっと引き結ばれ、眉根は寄せられている。心当たりがあるに違いない。だが、それを他人に話すのを躊躇っている。

38話

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