断頭台の友よ(1)

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十字架 ライト文芸

 長い間牢に囚われていた男は、黒衣の死神ひとりしかいないことを確認すると、今日が自らの運命の日であることを悟った。

 手渡された布で身体を清拭すると、垢がぼろぼろと皮膚から剥がれ落ちる。毎回のことながら、この臭いが最も耐え難い。クレマンは仮面の下の眉を顰め、清めの儀式が終わるのを待った。

 地下牢の衛生状況は、遠い昔から最悪を極めている。ここが空っぽになることなどそうそうありえないため、清掃はほとんど行われない。高等法院の建物の掃除を一手に担う掃除婦も、牢だけは頑なに固辞する。たとえどんなに高い給金を出したとしても、嫌なものは嫌だと言う。

 地下に投獄されるのは、平民の男の犯罪人ばかりだ。これが貴族や女の犯罪人を繋いでおく牢であれば、多少はましである。女は不潔を嫌う性質の者が多いし、貴族は最低限の身の周りの補償がされている。定期的に身体を拭き、清掃を行う義務が、管理する側にもある。酸っぱい汗や皮脂の臭いに苦しめられることは、ほとんどない。もっとも、黴の臭いだけは石壁に沁みついており、帰宅してからもしばらくは鼻に深刻な被害を与えるのは、どこの牢であっても同じことであった。

 クレマンは男を外に出した。手枷足枷でしっかりと動きを封じたことを確認し、馬車に乗せる。

 短い旅路を行く馬車だけは、貴族であろうがなかろうが、平等であった。人を乗せるためというよりも、荷馬車と言った方がふさわしい、粗末なものである。屋根どころか天幕を張ることすら許されない。馬車に揺られ、軽蔑の視線を送られることもまた、刑罰の一環なのだ。

 極刑を免れない囚人たちは、毎日、大雨であることを祈る。雨風が強ければ、御者や処刑人も大変だ。大昔、クレマンの先祖の中には、荒天のときでも、王命に逆らえず処刑を決行し、事故に遭って命を落とした者もいた。

 クレマンとしても雨を希望するところだが、厚く垂れこめた雲からはしかし、恵みの雨粒が落ちてくることはない。

 死出の道中で、人はだいたい、二つに分類される。

 過剰に喋るか、だんまりを決め込み、涙を流すか。英雄とされながらも処刑に至った人物など、歴史上ごまんといる。だが、死に瀕しても大人物であったとは、何人もの命を刈り取ってきたクレマンには、到底信じられない。数々の伝承はすべて、作り話に違いない。

 今日処刑される男は、前者であった。本人はすでに麻痺してしまっているのだろう。身体に沁みついた悪臭に、クレマンが堪えきれずそっぽを向いたところで気にすることもなく、死神に対して、べらべらと彼は弁舌を振るい続けた。

「なぁ旦那。俺ひとり殺したって、俺の夢は死なないぜ。この国は、王も貴族も腐ってらあ。今も俺の同志たちが、王制をぶっ壊そうと密かに動いてんだ」

 そんなにお喋りが好きなのに、なぜ拷問のときは一切喋らなかったのか。

 男は政治犯だ。神が決めた王を否定することは、神を冒涜することになる。ただ盗みを働くよりも、ただの人殺しよりも、罪は圧倒的に重い。捕縛された瞬間から、男が死によってその罪を贖うことは決まっていたが、処刑法は何種類もある。水責めや足責め(枷を嵌め、楔で打ち込むことで足を締めつける)に屈して、男が仲間の名前を口にしていれば、わずかな温情がかけられる余地はあった。

 国王や王妃を誹謗中傷する新聞を秘密裏に発行していた男自身、密告で捕まったというのに、彼は呻き声と悪態以外は、何も漏らさなかった。ああ、それからひどい口臭と。

2話

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