次に歌うなら君へのラブソングを(16)

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15話

 さすがに夜中に大立ち回り(とはいえ、司自身は何もしていない)があったうえに、授業も花房の欠勤の穴埋めをしなければならず、疲れた。

「今日は、早く帰ろ……」

 アルバイト講師も全員帰したところで、最低限の仕事をして、司は帰り支度を始めた。

 花房は家に帰ったかな、とスマホを確認すると、メッセージが届いていた。退院報告だろうと開いて、司は目を見開く。

『退院しました。何時でも構わないので、家まで来てもらっていいですか?』

 暴力事件の被害者で病院送りになったのだから、実家の両親も心配しているだろう。もしかしたら、伯父である社長のところまで、トラブルの情報は上がっているかもしれない。

 司は、「実家じゃなくて?」と送った。すぐに既読になったかと思ったら、電話がかかってくる。

『蓬田先生、お時間は平気ですか?』

「お、おう」

 突然だったので声が多少上擦った。花房の怪我の状態を聞き、脳に異常がなかったことに、ホッとした。

『うち、放任主義だって言ったでしょう。命に関わらなきゃ、うちの親は来ません』

「そ、そんなもんか?」

『そうです。もうマンションに帰っているので、ぜひ来てほしいんです。泊まっていただいてかまいませんので』

 しつこくねだられた司は、少し考えて了承した。コンビニであれこれを購入したが、酒はやめておいた。

 前回はタクシーで向かったが、道を覚えるのは得意な方だ。駅まで帰った記憶を辿り、生温く湿気を含む風を受けながら徒歩で向かう。そろそろ梅雨も明け、本格的な夏がやってくる。忙しい季節だが、あっという間の夏期講習期間だ。ソワソワとワクワクが同居する、そんな時期である。

 今年は花房と一緒に駆け抜けることができるのかと思うと、足取りは軽かった。

 マンションに着き、エレベーターで十階へ。部屋番号は忘れてしまったので、電話で到着の旨を告げると、三つめの部屋の扉がすぐに開いた。

 打撲痕が生々しい。司は努めて明るくふるまい、部屋に上がって飲み物や食べ物をテーブルに置く。

「好きなの飲んでくれよ」

 ネクタイを緩め、ソファに腰を下ろす。司は緑茶のペットボトルを取って飲むと、喉が渇いていたことに気がついた。

 緊張、してるのか?

 二度目の来訪だし、自分たちの関係は上司と部下、あるいは友人関係でしかないのに。

 言い訳とごまかしでしかないと、すでに理解していた。いつからかはわからないけれど、はっきりと自分の気持ちを自覚したのは、昨日の暴力事件だ。頬を腫らした花房を見て、心臓が止まるかと思った。

 思い返せば、流暢な英語を生徒の前で披露したときも、路上で歌っているときも、いつだって自分は、花房に見惚れていたのだ。

 顔よりも声よりも、何よりも堂々と立っている彼の姿が眩しくて、ああなりたいと憧れた。

 そして今や、憧れだけじゃなくて。

 花房はビニール袋の中からスポーツドリンクを選ぶと、一気に三分の一ほど飲み干した。ぷは、と音を立てて口を離して拭うと、「蓬田先生」と呼ぶ。その目が据わっていて、司はなんとなく座り直し、膝に手を置いた。彼は向かいに正座をする。

 なんだ、改まって。

「まずひとつ、謝りたいことがあります」

「はい?」

 謝罪を受けるようなことをされた覚えはまるでなかった。むしろ、着任してから一ヶ月あまりで倒れたり怪我をしたり、こちらが監督不行き届きで謝るべきことの方が多い気がする。

「俺、ずっとあなたに裏切られたと思ってました」

「あー……」

 前髪がウザいくらい長くて、やる気が微塵もなかった頃。もうすでに、遠い過去のものとして、記憶の彼方に追いやられているのに、「裏切り」発言は喉に刺さった小骨のように引っかかっていた。

 だが、もとはといえば自分の方から恨み節をぶつけていた。彼が気に病む必要はない。

 顔の前で手を振るジェスチャーをしかけた司だったが、その手をぎゅっと、身体を乗り出してきた花房が、両手で握りしめた。ギターを爪弾いていた彼の、ゴツゴツした男らしい大きな手のひらを直で感じて、顔が熱くなる。

「俺、てっきりあなたが音楽にめちゃくちゃ詳しい人だと思って」

 裏切り発言の真相は、こうだった。

 菊池に話していたように、自分の道に迷った花房は、一番の常連として認識していた司に質問をした。司が一番好きだと言ったのは、花房が作詞作曲したものではなく、プロのシンガーソングライターの大ヒット曲だった。

 まさか、司が知らないとは予想していなかった。

 歌声はいいかもしれないが、作る曲は面白みのない、印象に残らない曲だと言われたに等しい。

そう解釈した花房は、すべてを諦めた。

 そんな相手と就職先で再会したら、態度が悪くなるのも仕方ないか。

「だから、裏切られたと思ったのは、俺の一方的な思い込みで。本当に、すみませんでした」

 頭を下げ続ける花房に、司は心底慌てる。

 こっちだって勝手な印象を抱いて彼のことを決めつけて、全然違ったことに、幻滅したのだ。人というのは、まことに自分勝手である。

「俺も悪かったから!」

 お互いに謝り合ってひととおり満足したところで、不意に花房が真顔になった。

 また別に、聞きたいことがあるという。

「この間泊まりにきたとき……なんですけど」

「うん?」

 様子がおかしい。頬の赤さは、怪我の後遺症ではないだろう。じゅわりと内側から浮かび上がってきたのは羞じらいの色で、顔に似合わず可愛らしいピンク。

「俺の寝顔見て、好みだって言ったの、あれ、どういう意味ですか?」

 にやにやと彼の言葉を待っていた司の頬が引きつった。うっかり、「き、聞こえてたのか……?」と言ってしまい、発言をしたと認めてしまう。ごまかせばよかった。

 花房の瞳がきらりと輝いている。てっきり気持ち悪いと蔑まれるとばかり思っていた司は、おや、と思った。嫌悪の色はない。それどころか……。

「俺の解釈で、合ってますか?」

 そんなこと言われても、困る。第一、お前の解釈なんてこちらは知らない。

 司は「うー」と低く呻いたあとで、パッと顔を上げた。睨みつけているつもりだが、花房の表情からして、たぶん熱視線を受け止めているつもりになっている。

 認める。認める以外に、道はない。もしも花房が、気持ちを伝えたときに嘲笑うような男だとしたら、それはもう、自分の男を見る目がなかったと諦めるしかない。

 司は意を決して声を上げかけたが、花房によって遮られた。

「待って。やっぱり、俺から言わせてほしいです」

 勢い込んだ司が内心でずっこけると、彼は移動して、隣に座ってきた。そして脱力しきった司の手を再び取る。

「俺は、蓬田先生が好きです。ストリートライブで、俺の歌を誰よりも真剣に聴いてくれた。塾講師になってからも、ずっと俺のこと見守ってくれる、優しくて厳しいあなたのことを、好きになりました」

 至近距離で見つめられ、司の頬もぽぽぽん、と染まったのを自覚する。

 告白シーンとしてはオーソドックスで、ロマンティックかどうかはわからないけれど、いい雰囲気だとは思う。一人暮らしの相手の部屋でもあるし。

 しかし司はなかなか信じられず、返事は即答できずに、

「マジで……?」

 という、間抜けな独り言が飛び出した。

 花房は呆れもせずに、「大マジです」と、真剣な顔で見つめてくる。

「お、俺も……最初から好みだって思ったっ!」

 これでは言葉が足りなくて、誠実に向かってくる花房に対して失礼だ。

「す、好きだ!」

 まっすぐに彼を見つめ、短く返事をすると、花房が覆い被さってくる。

 大男に体重をかけられて、細身で小柄な司は、ひとたまりもなくソファに押し倒されてしまう。

「ちょ、んむ!」

 がっついてくるキスは、同い年なのに性急で、まるで年下の男を相手しているようだった。薄い唇と対照的な厚めの舌にノックされると、心以上に素直な身体は、好きな男を内側へと迎え入れてしまう。

 吸われ、甘く噛まれる。柔らかな舌肉は、身体の中のどこよりも、愛情に敏感だ。何しろ口説き文句を囁くのも、ラブソングを歌うのも、舌なのだから。

 ああ、そういえば。

 なんであの日、最初の曲が好きだと言ったのか、思い出した。

 あの曲だけ、ストレートに思いを告げる、恋の歌だったからだ――……。

17話

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