次に歌うなら君へのラブソングを(15)

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14話

 そのあとのことは、あまり覚えていない。警察署で取り調べを受け、非行少年として補導されかけた子どもを庇い、その親に引き渡した。河原の母は泣いて息子の無事を喜んだし、鈴木の母は息子の頭を問答無用でぶん殴った。

 もしかして、こちらのせいにされるのでは? 

 身構えていた司だったが、彼女は無言で頭を下げるだけだった。

 すべてが終わって解放されたときには、すでに夜が明けていた。異様な興奮に、身体は疲弊しているというのに、頭が冴えてしまっている。

 背伸びをしてから、ハッとする。

 花房!

 司は慌ててスマートフォンを取り出すと、何件かの着信を確認できた。ほとんどは河原や留守電を聞いた鈴木の親からだったけれど、朝と呼べる時間になってからの着信は、花房のものだった。

 折り返しかけようとして、もしかしたらまだ病院かもしれないと思いとどまり、先にメッセージを確認する。案の定、電話に出ない司に、自分の安否を知らせる文面を送信してきていた。夜中の時間帯だ。

『今夜は、検査も兼ねて入院だそうです』

 まあ、当然だろう。殴られる場面を直接見たわけではないが、ひっくり返っていたから、頭を打った可能性もある。無意識に震える指先で、返信を打つ。

『ゆっくり休んでくれ。こっちは心配するな。生徒を助けてくれて、ありがとう』

 しばらく待ってみたが、検査をしているのか眠っているのか、既読はつかなかった。

 本当は休みの日だったけれど、花房が出勤できない分、司は出なければならない。社員ふたりで回している小さな教室である。のんびりしてもいられない。一度帰宅して、着替えて再び出勤する。

 生徒たちの中には、夜中の大騒動をしっている者もいた。鈴木がライブ配信をしていたし、普段はいない曜日に司がいることで、花房の安否を心配させてしまった。半泣きでやってきた女子生徒たちに、司は優しく、「花房先生は大丈夫だから」と諭す。

「鈴木……」

 目まぐるしく動き回っていると、教室の外で躊躇している生徒の影に気がつくのが遅くなった。出迎えると、昨日の事件の当事者である鈴木がいた。

 司は目を丸くしたが、視線を決して合わせずに、もじもじと裾で指遊びをしている鈴木を見て、柔らかく笑んだ。

「今日、授業だったか?」

 と、普通に話し始めた司に、鈴木はなおも何かを言いたそうに、しかし沈黙している。

 ひとまず入り口にいるのは邪魔なので、室内へと促すと、ようやく彼は、昨日の今日での来訪の理由を叫んだ。

「お、俺! 塾、やめます!」

 沢村も、鈴木の悪ガキぶりと家庭の劣悪さは理解している。自主的にいなくなってくれるのならありがたい、と退塾届を書類棚から出そうとするのを制して、司は鈴木をまっすぐに見つめた。

「なんで?」

 別に鈴木が特別なわけじゃない。退塾したいと言い出した生徒全員に尋ねている質問だ。

 鈴木は真っ赤に腫れた目から、大粒の涙を流し始める。

「だ、だって、俺のせいで、花房先生が! 迷惑かけた、から、俺、もう塾なんて、い、いらんない……!」

 相手が男子なので、司は遠慮なく、彼の頭を撫でた。

 花房をミュージシャンの道に戻そうと必死になった司だったが、その思惑とは逆に、花房はこの一か月余りで、講師としての信頼を勝ち得ていたのだ。顔だけじゃなく、授業内容、そして何より、その誠実さで。

 目の前で彼が吹っ飛ばされるのを見た鈴木が、こんな風に殊勝に、「本当はやめたくない」という顔をして、退塾書類をもらいに来るくらいだ。

「お前は、本当はどうしたい? 親がどうとか関係なく、鈴木鈴庵の意志はどうなんだ?」

「お、俺は……」

 ぐっと唇を硬く引き結んで少し逡巡したのち、鈴木ははっきりと、「やめたくない」と、口にした。

「俺、今まで馬鹿なことばっかりしてきたけど、先生たちが助けてくれたから。でも、母ちゃんが……」

「お母さんのことは、俺が説得する。何度だって、頭を下げて話し合いしてやる。お前がやめたくないなら、力になる」

 司の言葉に、再び涙を零す鈴木に、事務のおばちゃんは、ボックスティッシュを寄越した。彼女ももらい泣きをして、顔はぐちゃぐちゃだ。

 鈴木はこれから、少なくとも花房の言うことは、ちゃんと聞くだろう。彼が教えるすべてを吸収していけば、今からでも学力は伸びていくはずだ。何せ、花房はこの自分がライバルになってほしいと願った部下で……。

 そこまで考えて、ふと苦しみを覚え、司は胸元に手を当てる。

 上司と部下、友人に抱くのとも違う、甘くて苦い胸の痛み。久しく感じていなかった感傷に、司は薄く開いた唇から、小さく息を吐き出す。

「? どうしたの、先生?」

 大人の心境の変化に敏感な子どもの問いかけに、司は彼の頭をぐしゃぐしゃにして、「なんでもないよ。せっかく来たんだから、自習でもしてけ」と笑った。

16話

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